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人が詩を読むとき

4時に寝て5時頃に起きてトイレに行ってまた寝て7時半に起きた。2時前から布団に入っていたと思うが、夜に居眠りするせいで夜中はうまく眠れない。

今日の運動はレッグレイズ(椅子),腹筋ローラー,腕立て,スクワット,背筋,水中ウォーキング,縄跳び(両足跳),散歩をした。統計を 運動の記録 にまとめる。

睡眠時無呼吸症候群の検査キット

フィリップス社のウォッチパット ユニファイド という検査キットが送られてきた。指先と喉元に装置を付けて電源を ON にして眠るだけ。装置の特徴としておもしろいのは電源を ON にしたら OFF にすることはできなくて10時間後に自動的に OFF になるという。これは寝ている間に誤操作で電源が OFF にならないようにという配慮だと思う。正しい設計だと思う。また晩ご飯食べてから1-2時間居眠りしてしまって、それから40分ほど散歩行って、お風呂入ってストレッチして眠ることにした。ちょっと寝てしまっていたからいつもより寝付けなくてうまく検査できているか、普段通りではないという意味で不安でもある。4-6時ぐらいまでは普通に眠れたと思うけど、サンプリングのデータとしては少ないかもしれない。

掃除のエネルギー消費

午前中、部屋の掃除やレイアウト変更を2-3時間していた。ふと fitbit のアクティビティをみると、散歩と同等もしくはそれよりも高い数値を示していた。掃除けっこうしんどいのはそうだし、あちこち歩いたり拭いたりモノを片付けたりするから歩くよりもカラダ全体を使って運動しているという見方ができる。定期的に部屋のレイアウト変更や大掃除をすると、よい有酸素運動になることに気付いた。

2023年度の個人の確定申告1

昨年の確定申告はこちら 。書類作りの作業に着手し始めた。今年も昨年とやることはほとんど変わらない。

  • 給与の源泉徴収票からの転機
  • 印税売上を源泉徴収済み雑収入として登録
  • ふるさと納税と npo 向けの寄付金の登録
  • 株式の取引報告書の登録 (損益通算)
  • 小規模企業共済の所得控除の登録

ふるさと納税の入力をしようとして電子申請できるようになっていることに気付いた。今年から?

特定事業者のポータルサイトにてダウンロードした寄付金控除に関する証明書(XML形式)から寄付金の内容をまとめて取り込むことができます。

私は さとふる でふるさと納税の手続きをしている。調べてみたらポータルで「寄付金控除に関する証明書」を電子データで発行してくれる。申請してから発行に2日かかるという点が意味不明だけど、申請して待つことにした。来年からは事前に証明書を発行をやっておくとよさそう。

いつの間にか上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除が freee 上でできるようになっていた。昔はこの書類は電子申請に対応していなかったような気がする。

ふるさと納税が電子申請できるようになったことであとは認定 NPO への寄付金控除の領収書、具体的には「国境なき医師団」の領収書だけが紙で残った。私にとって必要な確定申告の大半は電子申請できるようになった。

頁をめくる音で息をする

オフィスの机の上にある書類やら備品やらがとっ散らかった雑踏の中に 読みかけのまま の状態の本をみつけた。ちょうど2時間ほど時間を持て余していて、その隙間時間によいタイミングに現れた。まさにこの日の、この時間のためにそこに佇んでいたかのよう。6割ぐらいは読み終えていたからちょうど2時間弱で読み終えた。端的に言って本書は興味深い読みものに感じる。

「ひととの繋がりを生む町の本屋さん」というのを見かけるたびに、自分は人と繋がりたくないから本を読んでいたのかもしれないと思う。生きていればいくらでも繋がりがあるのに、どうして本の世界でも繋がらないといけないのだろう。そうとはいえ、古本屋を続けて来て、一枚手ぬぐいを作れるぐらいには無数の糸ができている。ひとりになりたかったのに、ひとりでは生きてはいけないことを知る。

この表現は私の最近の心境と、とてもよく似ている。嘘と欺瞞だらけの組織や煩わしい人間関係に愛想を尽かして、起業した頃、ひとりでひっそりと自分の仕事だけをしていこうと考えていた。そして、実際にそれに近いことを1-2年やってみて それではうまくいかない ことを知った。

著者は文学を学んでいた方なので本書では詩をたくさん紹介している。多くの人は人生において詩を読む時間は少ない。私も学生の頃の授業以外で詩をほとんど読んだことはないと思うし、詩を読んでもあまりピンとこないことが多い。しかし、人生において詩を読む機会は何度かあるのだろうなとは思う。それは人生がうまくいっていないときだと思う。

  • 何ものにもなれない自分を実感したとき、なにかしらの詩を読んで思うところがあるかもしれない
  • 起業して失敗して、なんだかよくわからない手応えのとき、なにかしらの詩を読んで思うところがあるかもしれない
  • 昔のように一心不乱に集中した開発はできないことはわかっているのに惰性で開発を続けているとき、なにかしらの詩を読んで思うところがあるかもしれない

本書を読んでいると、なぜ人は詩を読むのかの根源を探す旅に出掛けるような気がしてくる。

エッセイと世界観

0時に寝て2時半に起きて4時に起きて7時に起きた。昨日は本を読みながらいろいろ考えていた。

頁をめくる音で息をする

先日の オンラインイベント でいとうさんに教えてもらった 頁をめくる音で息をする を読んでいる。ジャンルで言えばエッセイになる。著者の日常や日々の所感などを綴っている。Paul Graham 以外であまり読んだ記憶がないぐらい、私にとってエッセイという読みものは珍しい組み合わせになる。私がいま日々書いている日記も、ちょっと技巧を凝らしたり、お洒落な文章に変えてみたらエッセイにならないだろうか?と考えてみる。

この日記は「書くこと」を目的としているものの、ここで書き溜めたものは将来の自分を助けるコンテンツになることを確信している。それは過去の私が書いたコンテンツがいまの私を助けているし、書き溜めたコンテンツを評価してくれるサイト、例えば LAPRAS スコア をみると、高い評価値になっていたりする。いまのところ、このスコアを何かに使っているわけではないが、15年以上も書いてきたコンテンツはそう簡単に真似できるものではないし、一朝一夕で身につくスキルでもない。

過去にある会社のトライアルを受けたとき、ある技術の調査結果を wiki にまとめたところ「長文がちゃんと書ける」という評価をその会社の CTO から受けたことがあった。私はきょとんとして「そんなの開発者なら誰でも書けるでしょ?」と感想を述べたところ「いや、そうでもない。」と返ってきて、それから私もちゃんと考えてみたところ、言語能力を高めやすいプログラマーであってもちゃんとした文章を書けるのは全体の半分ぐらいしかいないことに気付いた。文章を書く練習をしない生活を何年も続けていると、驚くほど文章を書くスキルを退化させてしまうことに意識的に気付いていない人も多い。「本気出せば書ける」と思っている人ほど、その自信以上に文章を書けないことに気付いていない。

閑話休題。本書を読んでいると、日々のたわいもないエッセイがまったく無駄ではないことを伺える。それは本書そのものが売りもののコンテンツとして値段がついていて、私がそれを買っていて、ふわっと読み進めながら自分なりに消化して思うことがいくつかあるからだ。いくつか思いついたことをアイディアそのままに書く。

中原中也がいい

いま 山羊の歌 をぱっと眺めるだけでもその天性を伺える。詩の冒頭を読むだけでもなにか違うと思わせる。著者は学生時代に中原中也を研究していたらしく、中也の作品には死を歌ったものが多くあるという。本書でもいくつか詩の引用がある。中也は ダダイズム と呼ばれる思想に影響を受けているらしい。

トタンがセンベイ食べて
春の日の夕暮は穏かです
幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました
丘々は、胸に手を当て
退けり。
私の聖母 (サンタ・マリヤ)!
  とにかく私は血を吐いた! ……
汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる

よく技術書などで章節の初めに著名人の言葉を引用していたりする。日本人なら過去の文学者の詩を引用するというのもよさそうな気がした。

エッセイを配布する

一昔前は本という成果物をつくるのが大変な労力を伴うものだった。しかし、現代は文章は電子データでインターネット経由でダウンロードできる。日記を書き溜め、お気に入りの内容を脚色して、メッセージや想いをのせたものをエッセイ本としてつくってみるのもおもしろいかもしれないと、本書を読んで思うようになった。それはエッセイの中で著者の人となりや考えを知るきっかけになる。それを誰かに読んでもらうためというよりは、自分がどういった考えで日々の創作をしているかというのを歴史のように残すという意味合いが強い。例えば、年単位で整理して残しておく。おそらくはそれがまた将来の自分を助ける日がくるような気がする。もしうちの会社に関心をもつ人が出てくれば、電子データは自由にダウンロードして読めばいいし、何冊か紙の本に装丁してノベリティにしてもよい。

エッセイがその人の世界観を表す

本書を読んでいて著者の世界観が本書から伝わってくる。いや、ちょっとそれは言い過ぎでそんな大層なものでもない。著者は仕入元やお客さんとやり取りしながら本を扱うというスタイルを好んでいるようにみえる。ただ本を売り買いしてお金を稼ぐことをよしとしていない。もちろん生活費は必要だから売れてもらわないと困るという文章もちらほらあるが、それ以上に本に関わる人たちとのエピソードを紹介してこんなやり取りがあって嬉しかったということが綴られている。なんとなく私も共感することだが、大きいプロダクトの、大多数の利用者がいるプロジェクトほど、個々の利用者と接する機会や意見をやり取りする機会は少ない。多くの人に影響を与えているはずなのにその実感の乏しい労働体験になる。ただの数字でしかない。少ない関係者が関わるお仕事の方が世の中の役に立っている実感は大きい。

イスラエルとハマスの戦争 以来、ずっと考えていた (というほどでもないが) ことの1つに世界観を共有することの難しさがある。おそらく人類のうち戦争を望む人はほとんどいないはずだが、自分たちと住んでいる世界とは異なる世界の思想、価値観、秩序、経済、宗教といった世界観を共有できないばかりに争うことが絶えない。こんな大きな話しをしなくても、身近な周りの人たちとでも自分とは違う価値観をどうやって知り、どのような理解を示すことができるだろうか。エッセイは他者の世界観を表す1つの手段になりそうに思えた。

世界観のあう買いもの

0時に寝て何度か起きて7時に起きた。2-3日前から首を寝違えていて違和感がある。課題管理のブログ記事を書こうと思っていたけど、気分がのらなくて遊んでいた。

ストレッチ

今週も忙しくはなく、のんびり過ごしていたので体調は徐々に復調している。腰の張りは先週に比べてかなりよくなっているように感じた。トレーナーさんによるとふくらはぎの筋の張りがあったそうだけど、私からみたらそんなに気にはならなかった。今日の開脚幅は開始前155cmで、ストレッチ後158cmだった。首を寝違えているのもなにかしらよくなる方法があるかと思って相談してみた。トレーナーさん曰く、首の寝違えだけは自然治癒しか方法がないという。トレーナーさんたちの間でもいろいろ試してみたことがあるらしい。しかし、どれも一時的に痛みを和らげる効果のあるストレッチはあるものの、時間が経つと元に戻るので限定的なものらしい。その一時的に痛みを和らげるのも、脇の下の筋を伸ばすと効果があるらしい。トレーナーさんもなぜその筋を伸ばすと痛みが和らぐのかの理屈はよく分からないそうだが、実際に試してみてそこだけが効果があったと話されていた。

Python Boot Camp

来週、徳島の鳴門でイベントがある。いま余裕もあるのでスタッフが足らなかったら手伝ってもいいと、前にてらださんと話していた。ちょっと前まで参加者が1人しかいなかったので手伝う必要ないかと思っていたんだが、ここ数日でいっきに参加者が増えたみたいで助っ人で手伝いに行くことにした。ブートキャンプに参加するのは初めて。チュートリアルやスタッフの要項などのドキュメントを予習として読んでいた。

Python Boot Camp in 徳島2nd

ヨハクさんのフレークシール

たまたま「余白」というキーワードでインターネットを検索していて次のサイトをみつけた。

マスキングテープの専門店らしいが、なんとなく制作物の世界観が私にあうので応援も含めて次のフレークシールを買ってみることにした。

3種類買ってみて、今日届いたので、試しに一緒に入っていた型紙に貼ってフレームに入れてみた。こういう雰囲気が好き。しばらくオフィスの棚に飾ってみようと思う。

  • ツキトホシ
  • ダイアリー
  • テガミ