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能楽師はどのように能を演じているのか

今日の運動は腕立て,散歩をした。統計を 運動の記録 にまとめる。夜にお出掛けしたので運動のお休みも兼ねて軽めにした。

ipad air 試用

先日 注文した ipad air 11インチ が届いた。会社名を刻印してみた。会社の備品にするときは刻印するのがよいな。近くにある iphone と同期して自動的に設定をコピーして、ソフトウェアアップデートして、ほんの20分ほどですぐ使えるようになった。この仕組みはよくできていると思う。初期設定とか面倒なのでこの作業をスキップすると ux が高い。知人からスピーカーがよいという評判を聞いていたので youtube で適当な音楽を流して聴いてみた。私がこれまで使っていたものは2016年モデルなのでハードウェアの進化を考えると当たり前だと思うけど、たしかに音質がよいことは素人にでもわかるぐらい音質に違いがあった。画面サイズは 9.7 インチから 11 インチへ大きくなったが、それほど大きさの違いは感じない。それでもキングダムの漫画を読んでみると大きくなった分の迫力のようなものは少しあった。2016年モデルと比べて、ホームボタンがなくなっているところの操作の違いに慣れはいるが、大した問題ではない、画面上部の細いスイッチに Touch ID が実装されているのは嬉しい。角度をあわせないといけない Face ID よりも Touch ID の方がずっと使い勝手がよい。

能楽の勉強

たまにある「能のことばを読んでみる会」に、大阪の 扇町ミュージアムキューブ へ行ってきた。前回の所感はここかつて在原行平に愛を受けた姉妹《松風》 第38回/第39回【特別編】 能のことばを読んでみる会 の後半編、現役の 観世流能楽師 林本大 さんにお話を聴いてきた。朝原さんとは関西大学の能楽部の先輩・後輩の関係にあたるという。林本さんは1977年生まれなので私よりも2歳年上になる。1999年に入門して10年間の内弟子修行をしたとあるので22歳から32歳まで修行して、それから能楽師として独り立ちしたのかな?

前回の読んでみる会で松風の背景やあらすじはすでに理解していた。今日は林本さんに芸能として松風を演じる上での、能楽師ならではの視点などを、朝原さんが要所要所を質問しながら林本さんが答えるといった流れで2時間半ほど続いた。めちゃくちゃおもしろかった。これまで私は能を古典文学や歴史の書のように学んできたわけだけど、能は本来、舞台芸能であり、演じる上での感性の方がより能の本質に近いと言えよう。松風は室町時代から名曲と言われている。それは世阿弥作の、世阿弥自身が自画自賛していることからも伺える。世阿弥が残した書物にこんな一文がある。

松風村雨、 寵深花風 (ちょうしんかふう) の位歟 (くらいか)

「寵深花風」というのは世阿弥が能の芸を9つの段階に分類した 九位 と呼ばれる、9段階のレベルのうち、上から2番目に位置する。つまりレベルが高いことを表している。林本さんからも、若い能楽師は鬼の役やよく声を出すような役を演じるという。そして能楽師として円熟して40代前後?になったときに初めて松風を演じるという。

松風は一般論として美しい曲だと言われている。演じる上でも美しさを表現しないといけない。しかし、松風のシテ (主役のこと) はあまり動かない。動かずにどうやって美しさを表現するかが問われる。ここで林本さんの師匠から松風の美しさとは、儚い物語であるものの強さを表しているという。動かないのに強さを表現しようとしたら「こめる」必要がある。能の世界でいう「こめる」とは外にチカラを出さずに内へ入れることを指し、これがとてもシンドイという。観客が外からみてもわからないところで強さ (美しさ) を表現する。そういった難しさが若い能楽師は演じず (演じさせてもらえない?) 、松風がベテランの登龍門のように言われる所以だという。先に紹介したように、世阿弥も松風は名曲でレベルが高いと評価している。

他にも古典文学を学ぶだけではわかないことの1つとして、次の謡に一文がある。

忍び車を引く汐の 跡に残れる溜り水 いつまで澄みは果つべき

この一文にある「引く」というのは2つにかかり、

  • 車を引く
  • 汐が引く

能楽師が演じる上で車を引き、さらに「溜り水」というのは、実際に車を引いた跡に水たまりがあるという風景を表現しながら、松風村雨の情念が残ったまま成仏できないという想いも表現している。この情景を芸能としてどのように演じて表現するかが能の難しさだという。そしてその謡を理解していると能楽師の所作の1つ1つに意味があって観客も楽しめるという。能を楽しむには教養がいる。しかし、現代人は教養がないので能を楽しむのは難しいということも、こういった解説を知ることで実感できるようになってきた。

あとおもしろかったのが、能面を付けていると基本的に周りはみえないという話し。能面の視野はかなり狭く、周りはほとんどみえていない。先ほどの車を引くときにツレから車をひくための紐を手渡されるのだけど、能面を付けているとその紐はみえないため、紐のどの位置を手渡されたのかを確認できない。小道具の車を引かないといけないから紐の長さを知る必要があって、どうやって紐の長さや距離を測るかを、能を演じながら観客に違和感を与えないよう表現するコツのようなことも話されていた。こういう所作も能面を付けているためにみえないからこそ、そういう動きになるのかと工夫が伺えておもしろかった。

松風という能の結末は松風・村雨という2人の海女の幽霊が出てくる話しだが、これは坊さんの夢だったというオチで終わる。そして、最後の一文が次になる。

村雨と聞きしも今朝みれば 松風ばかりや残るらん 松風ばかりや残るらん

松風の幽霊は行平への想いのあまり、物狂いとなる狂乱の能になる。一方で妹の村雨の幽霊は姉の松風とは対照的に理性をもった振る舞いをしている。話しが進むにつれて、行平への想いが溢れていって松風が狂っていくといった情景が表現されている。そして、その最後に村雨は本当にいたのか?という問いかけのような一文が書いてある。松風と村雨の2人が成仏できず幽霊としてさまよっているのか、本当は村雨はいなくて松風1人だけだったのではないか?という解釈もできるように終わっている。観た人や読んだ人の想像力に委ねるという結末も、やはり現代でも使われるコンテンツの手法だなと思える。とてもおもしろい。

林本さんは 能meets という講座を主催している。能楽師が能の体験や解説をするワークショップなどを行っている。また機会があれば行ってみたいと思う。

病み上がりの日曜日

20時前から寝て何度か起きて発熱でしんどい思いをしながら10時頃に起き上がれた。

今日の運動は病み上がりなのでお休み。

発熱で寝込む

昨日帰ってからなにか寒気がすると思ってそのまま寝ていた。感覚的には発熱していたように思う。その後もカラダがだるくて起きて関節があちこち痛かった。滅多にないことだけど、熱を出してバテていた。もしかしたらコロナにかかったのかもしれない。今日も6時頃から起きているけど、しんどくて起き上がれなくて、10時頃になってようやく起き上がれるようになった。椅子に座っていても腰に負担がくるし、クリーニング屋さんで順番待ちで立っているだけでも辛かった。お昼から夙川公園で花見の予定だったけれど、あまり動けるようには思えなくてお休みした。お昼はオフィスで作業して夜の能楽イベントのみに参加することにした。

能楽の勉強

たまにある「能のことばを読んでみる会」へ行ってきた。前回の所感はここ 。前回は駅を間違えてかなり歩くことになったので今回は間違えないようにカレンダーに阪急だと明示して書いておいた。

今回のお題は「松風」だった。この作品も世阿弥が愛した能の1つだという。朝原さんによると、はっきりと前半と後半に分かれておらず、どこから夢だったのかも曖昧という、世阿弥が確立した夢幻能の初期の作品らしい。松風には登場しないものの、歌人として著名な 在原業平 の兄にあたる 在原行平 と縁のある松風と村雨という姉妹の物語になる。

本イベントに何度か通ううちに能の謡の構成も少しずつ頭の中に入ってきた。能の最初に謡う部分を「次第 (しだい)」と呼ぶ。次第は七五、七五 (返句) 、七四の三句から構成される。松風の次第は次になる。

須磨や明石の浦伝ひ 須磨や明石の浦伝ひ 月諸共に出でうよ

次第はこの謡がどのようなものかを暗示する傾向があるそうでこの謡を聞くだけでその能の雰囲気がわかる。この次第はなんとなくきれいな情景を思い浮かべられる。在原行平が一時期、須磨に蟄居されたことは歴史的事実ではあるものの、松風の能にある出来事があったのかどうかは定かではない。

心ある人

現代ではこの言葉を使うと思いやりや配慮ができる人のように受け取られるが、能でこの言葉は風流を理解する人を指すらしい。源氏物語には 須磨 という1つ巻がある。この巻の内容と、在原行平が一時期、須磨で寂しく過ごしていたという共通点を見い出せるらしい。そこをかけているのか、源氏物語 (光源氏) からの引用も多々出てくるが、一切そのことに触れておらず、わかる人だけわかればよいといった様子で物語が展開されているらしい。

病み上がりで小さい椅子に2時間座っていてかなり腰に負担がきた。帰りはホームで目の前で電車の扉が閉まるといったダメなときはとことんダメな様相でゆっくり帰ってきてそのまま安静にしていた。

かきまぜという進化

2時過ぎに寝て6時半に起きた。晩ご飯食べてからちょっと自転車で走って運動してオフィスで軽く作業するつもりが、ブログ読んだりして結局意図した作業ができなかった。

今日の筋トレは腹筋ローラー:5x1,スクワット:20x1,縄跳び(両足跳)30x3をした。腹筋ローラーは腹筋も使うけど、肩や腕の筋肉もパンパンになっている。

ストレッチ

筋トレを継続しているので軽い筋肉痛を引きずったままストレッチを受ける。トレーナーさんもストレッチしていて、体が硬めにみえるという話しはあるものの、筋肉痛をストレッチで伸ばすのは悪いことではないので問題ないという。昨日ルミナリエの案内に歩き回ったせいか足も腰もやや疲労していた。お尻の後ろのツボのようなところも普段平気なのに効いた気がする。トレーナーさんとネットで調べた情報をベースに筋トレの話しをしていて、毎日同じメニューをこなすよりも違うメニューをやった方が筋肉が回復する日を設けられて効果的らしい。ちょうどいま習慣化できてきたタイミングでいくつかメニューを増やそうとしているので1週間の筋トレのメニュー作りをしてもよいかもしれない。今日の開脚幅は開始前152cmで、ストレッチ後156cmだった。

縄跳びの跳び方

筋トレのメニューの1つにしようと FEELCAT なわとびを購入してみた。

今日届いたので長さを調節して早速オフィスの近所の駐車場へ行ってやってみた。縄跳びなんか学校の体育でやって以降やったことないんじゃないかとすら思えた。最初はどうやって跳ぶんだっけ?みたいなところから始めて、段々記憶が戻ってきてリズムよく跳べるようになった。長さ調節の説明書に初心者は少したるむ感じの長い方がよいと書いてあったから長めに調節していたものの、跳んでみると縄がたるんだ分の回転するリズムが自分の感覚と違って返って跳びにくかった。戻ってきてさらに短く適性な長さに調節した。ひとまず両足跳び30回を3セット跳んでみた。これだけで息が切れた。

縄跳びの動画をみていて回数をこなすよりも跳び続ける秒数を測った方がよいようにみえる。これなら縄跳びが上達することで同じ時間でも回数が増えて負荷を上げていくのにちょうどよさそうに思える。まだ両足跳びも怪しいので慣れてきたら時間に移行していく。他のいろんな跳び方にも挑戦したい。

能楽の勉強

4半期に1回ぐらいの「能のことばを読んでみる会」へ行ってきた。前回の所感はここ 。久しぶりで最寄り駅は阪急芦屋川駅なのに、なぜか阪神だと勘違いしていて阪神芦屋駅に行ってしまい、そこから速歩きで20分かけて芦屋能楽堂に辿り着いた。1kmほど歩いた。そのせいで10分ほど遅刻した。よい運動にはなったけれど。

今回のお題は「難波」という、世阿弥の祝言能だという。世阿弥が自筆した本物の文献は国の重要文化財としてお寺に保管されている。その文献をすべて写真に撮ったものを影印 (えいいん) と呼び 世阿弥自筆能本集 として販売されている。講師の朝原さんがその本を持ってこられてみせていただいた。おそらく難波の詞章もそこに書かれていたのだと思う。現代人は世阿弥の自筆をそのまま読めないが、びっしりとカタカナが書かれていた。発音どおりの表記をするために意図的に漢字やひらがなを使わずにカタカナで書いたと考えられている。この文献は世阿弥が自筆したことは間違いないが、書いてある内容がすべて世阿弥のオリジナルかどうかまではわかっていない。世阿弥が活躍したのは室町時代なので本は書き写すしかなかった。他人の創作物や文献を世阿弥が書き写した可能性もある。

朝原さんによると、現代に伝わっている難波の詞章の内容と、世阿弥が自筆した文献に書いてある内容はいくつか食い違っているという。その理由としていくつかの仮説が考察される。

  • 世阿弥が書いたものは編集中の草稿だったのではないか
  • 世阿弥が書いたものを現代まで伝わる過程で誰かが改変したのではないか
  • 実は難波が誰かの創作物で、世阿弥はそれを書き写したものの、それはオリジナルではなかったのではないか

難波の次第は次の言葉から始まる。

山も霞みて浦の春。山も霞みて浦の春。波風静かなりけり

七・五・七・五・七・四と七五調になっている。この冒頭の音を聞くだけで、いまから始まる物語はきれいな美しい物語を展開するよという意図が込められているという。また「波風静か」とは能の中では世の中が平和ですよという意味をもっているという。

やまもかすみて うらのはる やまもかすみて うらのはる なみかぜしずか なりけり

といった具合に、この1文だけで解説が10分といった、いつも通りの詳細な解説で進んでいく。

難波は 仁徳天皇 の仁政を讃える内容となっている。所々、仁徳天皇の徳によってなにもしなくても平和で穏やかで人々は幸せに暮らしているみたいな表現が出てくる。現代人が習った仁徳天皇という呼び名は、奈良時代中期に中国を真似て漢字2文字で天皇の名前を表すようになって以降の話しだという。したがって奈良時代に成立した 日本書紀 では仁徳天皇という名前は出ておらず、仁徳天皇を表す大鷦鷯尊 (おおさざきのみこと) という日本式の名前が使われている。難波の中でもその名前で出てくる。こういった漢字2文字で天皇の名前を表す以前の日本式の天皇名前を 和風諡号 と呼ぶらしい。

咲くや木 (こ) の花 冬籠り

「木の花」は「こそあど」言葉の指示語としての「これ」の意図がある。わざわざ「木の花」とあるのは 木花開耶姫 (このはなのさくやびめ) と掛けているのだという。しかし、木花開耶姫は桜の女神 (または火山の女神?) として現代では伝わっている。難波の物語で出てくるのは梅についての問答なのに木花開耶姫が出てくるのはそもそもおかしいのだけど、当時は梅の女神でもあったのか?それともただ言葉を掛けただけなのか?といった複数の考察ができるという。

難波の物語自体は仁徳天皇がいかに素晴らしくて、その治世によって世の中は平和で美しくて、様々な情景を浮かべるような表現がたくさん出てくる。もし能をみて幻視できる人であれば、暖かくて穏やかで華やかな景色をたくさん眺められるのだと思う。いつもどおり和歌や漢詩の引用があちこちにあって、朝原さんも解説しきれないぐらいの背景の脱線しまくりしながら進めていた。おもしろかった。

ホットクックに初挑戦

先週末に 部屋のレイアウト変更 してホットクックのための居場所を作った。その翌日の日曜日は出掛けてそのまま外食して、平日はなぜかいろいろ忙しくて、夜に用事があったり、寒くてスーパー行くのが億劫で冷凍食品で晩ご飯を済ませたりしているうちに1週間が過ぎてしまった。今日は満を持してスーパーへ出掛け、食材を購入してきた。最初は作り方や材料をよく知っていて慣れたものがよいだろうと思ってカレーにした。ホットクック は KN-HW24G を購入した。大き過ぎたかな?とも思ったけど、実際に作ってみたらスーパーで買ってきた食材を使い切って3食分ぐらいの作りおきにするにはちょうどよいサイズに思える。

牛すじカレーを作ってみた。約1時間。レシピはこんなところ。

  • 牛すじ 400-500g
  • 玉ねぎ x 2
  • にんじん x 1
  • さつまいも x 1
  • じゃがいも x 2
  • ミディアムトマト x 8
  • しめじ
  • 水 100 cc
  • 業務カレールウ 1箱 (業務スーパーで売っているPB)

私はどろどろカレー派なので水分の少ないこういうカレーは好みの方。牛すじも思ったより煮込めていてよい感じだった。従来の圧力鍋で作ったカレーと食べ比べしないとわからないぐらいには、いつも作っているカレーの水分少なめのカレーが出来上がった。普通においしかったと思う。食材を切って鍋に入れるところまでは圧力鍋と同じだが、カレールウまで最初から入れてしまうというのが従来の調理と大きく異なる。圧力鍋なら火を通した後に蓋を開けてからカレールウを入れてかきまぜるという調理が必要になる。さらにホットクックでは調理中にも食材をかきまぜるから 味がしみ込む という。圧力鍋とホットクックの大きな違いの1つとして「かきまぜ」を自動化したことで手間をなくして料理の質も上げたようにみえる。素材の栄養も逃げないからこれは素晴らしい。

またホットクックは料理を作った後にそのまま保温ができる。今回作ったカレーをひとまず保温にしてみた。但し、この保温温度は75℃と細菌が繁殖しない設定になっているのでご飯の保温には向かないとのこと。保温と似て非なる機能が予約調理になる。予約調理は次の図のように、まず一旦火を通した上で適温をキープして最後の仕上げになる。夜に予約したら深夜のうちにできてしまって朝まで保温するような仕組みにみえる。夜にセットして朝食べるか、朝にセットして夜に食べるか、どちらのパターンもありそう。

理想的な1日だと6-7時頃に起きて8時過ぎにオフィスへ行って18-19時までお手伝い先のお仕事をして、一旦家に帰ってきて晩ご飯を食べて、またオフィスへ戻って21-24時ぐらいまで自分の会社のお仕事をする。晩ご飯が遅くなっても若い頃はなにも起きなかったが、いまは寝る前に晩ご飯を食べると最悪の状況では吐く。ここで21時頃に家でくつろいでいると、もう働きたくなくなってオフィスへ戻らないときもちょくちょくある。要はさぼってしまう。人間が弱い。

オフィスには 冷蔵庫 もあるから、ホットクック用の食材セットを冷蔵庫に保管しておいて、オフィスにも小さいホットクックを置いといたらそのまま晩ご飯を食べられるのではないかと考え始めた。フロアには給湯室もあるからご飯を食べてからホットクックの鍋を洗うこともできるだろう。徒歩5分で家に帰れるのだから帰ったらよいと普通なら考えると思う。当初は私もそう考えた。オフィスにいたらいくらでも働けるのに、家に帰ったらもう働きたくないという誘惑に打ち克つのはなかなか厳しい。理想的ではない1日だと18-19時頃にお手伝い先のお仕事を終えて、そのまま22時頃まで自分の会社のお仕事をする。そうすると晩ご飯が23時をまわってしまい、そのまま寝たら気分が悪くて3時頃に食べたものを吐いて眠れないというのが最悪の状況になる。それも何度かやってもう慣れたけれど。

閑話休題。調理に「かきまぜ」という進化をもたらしたことがこれほどすごいことだと理解できていなかった。ということでオフィス用に一番小さい KN-HW10G を購入してみた。また今度、家とオフィスのダブルホットクックの運用も考えてみる。

フロントエンドのビルドツールと vite

22時に寝て0時に起きて2時間ほどネットで遊んで寝て5時に起きて7時に起きた。16時半にお仕事を終えて、雨降りの中、芦屋まで出掛けて能をみてきた。

svelte/kit と vite

水曜日から vite の機能や振る舞いについて調べている。厳密には svelte/kit (svelte と svelte kit の両方を指している) はどうやって .svelte ファイルや他のソースコードをコンパイルしているのかを調べ始めた。kit のコードを調べても svelte のコンパイルをしているようにはみえない。vite.config.ts には次のように kit が提供しているプラグインを使っているようにみえる。

import { sveltekit } from '@sveltejs/kit/vite';

...

export default defineConfig({
	plugins: [sveltekit()]
});

このコードを追っていくと、次のように vite-plugin-svelte からプラグインを設定するコードがある。

import { svelte } from '@sveltejs/vite-plugin-svelte';
...
export async function sveltekit() {
    ...
    return [...svelte(vite_plugin_svelte_options), ...kit({ svelte_config })];
}

vite-plugin-svelte のコードを調べていくと、load や transform といったフックポイント に svelte のコンパイラを呼び出すコードがみえてくるようになる。

compileData = await compileSvelte(svelteRequest, code, options);

svelte のコンパイルは vite の仕組みを使って vite-plugin-svelte に実装されている。それなら vite はどうやってフレームワークのコンパイルを実現しているのだろうか?という疑問に行き着く。その背景を調べたり、ドキュメントを読んだり、実際にサンプルコードを動かしながら検証したりをこの3日間やっていた。自分なりの仮説はできたけれど、本当にその仮説のような振る舞いをしているかの実証がまだできていない。週末に余裕があれば、それをやっていきたい。

2階席からの能鑑賞

行きは三ノ宮から JR で8分、帰りは阪神電車で12分の芦屋駅から徒歩10分ほどで芦屋ルナホールへ着く。第二十二回芦屋能・狂言鑑賞の会 へ行ってきた。前月に 蝉丸の予習 をして準備万端で臨んだ。芦屋ルナホールに着いたら17時過ぎで受付をしてエレベーターで4Fまで。ホールの2階席が物理的には4Fにあった。芦屋ルナホールの2階席は見晴らしがよくて、能を斜め上から俯瞰してみるという、これはこれで独特の視点をもってみれておもしろい。ホールは能舞台ではないので、普通の舞台に高座の床を敷いて周りに松をいけて、簡易の能舞台をこしらえていた。

ちょうど一調の「花月」が終わったところで、2つめの演目の狂言「濯ぎ川」をみて、芦屋市長挨拶して、能の蝉丸という順番だった。芦屋市長と言えば 歴代最年少26歳で市長になった 方で挨拶を聞いていても生徒会長が挨拶をしているような雰囲気で若い。こういった若くて優秀な方が若い感性で活躍してほしいと思う。

蝉丸が始まった。シテは逆髪で、ツレが蝉丸になるという。どちらも能面をしていた。ワキは能面をつけないことは知っていたが、ツレは能面をつけていいんだということを知った。

ストーリーを知っていると謡や詞章が聞き取れるかと期待したが、まだまだそんなことはなくて、紙に書いたものがないと付いていけない。「能のことばを読んでみる会」でもらった詞章をもっていけばよかった。あとイヤホンがあれば朝原さんのスマホ解説を聞けるのだが、それを聞きたいと思いつつ、いつもイヤホンを忘れてしまって聞けない。次回こそイヤホンを忘れないようにしたい。

それでも所々、記憶に残っている内容と演者が話しているところは理解できて、普段よりも能の物語の展開を理解できたと思う。一方で地謡 (横に座っていて集団で謡う人たち) が能の所々で謡が始まるとき、シテやワキがずっと待っていて時が止まっているかのような感覚になる。いままでもそういう展開だったはずだけど、今回はストーリーが頭も中に入っているので、逆髪、蝉丸、清貫のやり取りが止まってしまって、続きが待ち遠しいように思えた。テレビをみていて CM が入るような感覚。

囃子は笛・大鼓・小鼓の3人体制だった。これも物語の要所で盛り上がりを演出している。囃子の盛り上がりを聞いていると、ここが見せ場の場面なのだと自然に観客を引き込むことができる。最後の逆髪がじゃあまたねって、あっさり帰るところに蝉丸がもう帰っちゃうの?と嘆くところとか、囃子が盛り上げるのかと思ったらそうでもなかった。途中のどこかの場面が一番盛り上がりを演出していた。

予習してこんな物語の展開になるのかな?と予想していたものと、実際の能をみているとイメージ通りではなかった。それは地謡の謡いの合間が私の頭の中には入っていなかったから。次に「能のことばを読んでみる会」へ行くと地謡のところがこんな雰囲気なのかとイメージできるようになる。いずれにしても、詞章と能の関係における解像度は少し上がったように思う。まだまだ能をみていて幻視をみるというのはほど遠い。こうやって少しずつ解像度を上げていければと思う。

ほぼ休みに近いオフィスワーク

3時に寝て何度か起きて8時半に起きた。午前中はだらだらしていた。午後は事務手続きしたり、本を読んだりしていた。

芦屋能の申込み

昨日 蝉丸の予習 をしてきたが、来月に能の「蝉丸」の上演がある。せっかく物語の背景や詞章の勉強したので見に行くことに決めた。第二十二回芦屋能・狂言鑑賞の会 にローソンチケットで申込みした。金曜日の17時と、ちょっとお仕事を早く終えて出掛けないといけない。芦屋ルナ・ホールという、行ったことない会場になる。前の方に座れるなら指定席を選択するのだけど、いま購入しようとすると、チケットが残りわずからしいのであまりよい席は残っていないと推測する。今回は2階席 (自由席) 3,000円 で観ることにした。昨日の能イベントの会場である芦屋能舞台でもいくつかチケットがあると朝原さんが話されていた。そこで買った方がよい席を取ることができたのかもしれない。また次の機会があれば聞いてみようと思う。

業務スーパーのナポリタンサラダ

ちょくちょく業務スーパーで買いものする。業務スーパーの惣菜などは国内工場で作っているとあるからなんとなく安心して買っている。いつもは マカロニサラダ を買っていて、野菜サラダの付け合わせにしたり、刻みネギを混ぜて食べたりしている。今日は初めてナポリタンサラダというのをみつけた。また業務スーパーのサイトにないのでおそらく新製品なのだろうと思う。私はナポリタンが好きなので買ってみた。よくあるお弁当の付け合わせに入ってそうな風味で300円程度の値段を考えれば十分においしい。単体で食べても小腹を満たせるし、他のものと組み合わせもしやすそうに思う。業務スーパーの買いもの楽しい。

蝉丸の予習

21時頃から休んでいて何度か寝たり起きたりしながら5時に起きた。だらだらして気付いたら8時半だった。

ストレッチ

今週もとくに本業が忙しかったわけではないが、本業以外のお仕事や作業がたくさんあって、わりと座っている時間が長くて疲れていたのかもしれない。腰は大丈夫かな?と思ったものの、左腰の後ろはかなり張りがあってきつかった。トレーナーさんはあまり気付かなかったみたいだが。あと太ももの後ろの筋が張っていて今日は重点的にそこを伸ばしてもらって気持ちよかった。太ももの後ろの筋って物理的に自分では絶対に伸ばせない位置にあるため、トレーナーが伸ばしてくれることに大きな意義がある。これだけでもドクターストレッチさんに通っていてよいところだと思う。今日の開脚幅は開始前156cmで、ストレッチ後159cmだった。数値はまぁまぁ。

能楽の勉強

前に1度行ったことのある「能のことばを読んでみる会」へ行ってきた。前回の所感はここ 。参加者は私が数えたところ17名。前回、いつもは10人に満たないと仰っていたが、朝原さんのマーケティングがうまくいっているのか、今回も10人は軽く超えていた。

このイベントはとてもおもしろい。

今日のテーマは「蝉丸 (せみまる) 」だった。国語の授業などで百人一首として習ったことを覚えている人もいるだろうか。

これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関

蝉丸 (せみまる)

有名だし、私も学生の頃は百人一首を覚えていたのでこの歌は覚えている。百人一首の引用元となる 後撰和歌集 では次のように収録されている。

これやこの 行くも帰るも 別れつつ 知るも知らぬも 逢坂の関

オリジナルは「別れつつ」だったのが百人一首では「別れては」に改変されている。たまたま調べていると次のような質問をみつけた。

後撰和歌集に収録されている蝉丸の「これやこの 行くも帰るも 別れつつ 知るも知らぬも 逢坂の関」の和歌について、歌集によっては第三句が「別れては」となっている。「別れつつ」と「別れては」では解釈が違うのか、解説が載っている資料が見たい。

https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000328600

この回答でも後世の人たちが「別れては」の方がまとまりが良いとか、読みやすいとか、抑揚が利くとか、そんな理由で勝手に改変してそれが有名になった例の1つだという。能の世界でもこういったオリジナルの単語 (漢字) や言い回しが変わってしまうことはちょくちょくあるらしい。それは文書を複写するときに単純に書き間違えたとか、後世の人がこの方がよいと勝手に表現を変えてしまうことがあって、オリジナルよりもそちらが有名になってしまうことがあるらしい。

日本の歴史を調べるときに最初に調べる辞典として 国史大辞典 がある。そこに蝉丸の記述がある。平安時代の歌人、音楽家。生没年不詳で、伝説的人物で諸説あるとのことで、本当に伝えられている経歴や逸話が正しいのかはよく分かっていないという。最も確実なのが、後撰和歌集の和歌を詠んだのが蝉丸という人物だという伝承だという。蝉丸を祀った神社は3つあり、現代では諸芸道の神様として祀られている。

蝉丸は生まれつき盲目でありながら琵琶の名人として伝わっており「盲琵琶」の祖とされるが、これもよくわかっていない伝承だという。ここまでを能の「蝉丸」を読み始める前の予備知識として、講師の朝原さんがさらっと話すのがこのイベントの醍醐味。私がここに書き残せていない話題もまだいくつかある。一般人はここまででお腹いっぱいになるが、これが能を読み始める前段階である。

能の「蝉丸」 は、皇子なのに盲目であるために捨てられる蝉丸、皇女なのに逆さまに生い立つ髪をもち狂人であるために捨てられる逆髪の2人が、逢坂山という辺地でたまたま?出会うという物語になっている。朝原さんが天に向かって逆さまに生い立つ髪ってどういうものか現実には想像できないが、少年漫画の世界ではないか?と話されていて、私は HUNTER×HUNTER のゴンみたいな髪型を連想したw

蝉丸は盲目なので盲目の人からの視点の表現と、逆髪は目がみえるので (狂人だけど) 健常者からの視点の表現が対比として表されているのもおもしろい。京都から逢坂山の関を超える 道行 の表現がまったく異なる。お互い捨てられた先の辺地の藁屋で、蝉丸が琵琶を弾いたことに逆髪が気付いて、藁屋を尋ねる (出会う) と物語が進んでいって、お互いに涙を流して再会に感動するものの、逆髪は「じゃあ、またね」って感じにすぐ?帰ろうとするのに対して、蝉丸は「もう行っちゃうんですか?!」的な名残惜しくて、ただそれだけのやり取りの能となっている。この能はただ姉弟が出会って別れるだけの、なんの事件も起こらないし、なんの因果もない。これは仏教でいう 会者定離 (えしゃじょうり) を表しているという。出会った者は必ず別れることになるという普遍的な摂理。関西人からみると、オチがないやんとツッコミたくなるところが、哲学的ではまるところなのかもしれない。

11月に 第二十二回「芦屋能・狂言鑑賞の会」 で能の「蝉丸」が演じられるようなので見に行こうと思う。

暑さ対策委員会の issue をあげる

23時に寝て何度か起きて7時に起きてから11時ぐらいまでだらだらしてた。近所の靴屋さんに紐なしスニーカーを探しに行ったが適当なものがみつからなくて結局オンラインで検索して購入した。

オフィスの部屋が暑い

普通に作業ができないぐらいには暑くてしんどい。明らかにビルの内側と窓側で温度差がある気がする。サーキュレーターは昔から使っているものの、扇風機は汗を蒸発させて気化熱で涼しいという仕組み上、暖かい空気を冷やせないので温度が高いと効果が半減する。他に冷房機器を増設できないかを調べてみた。エアコン以外で増設する方法が次の2種類がある。

  • スポットクーラー
  • 冷風扇

しかし、どちらも私の要件や状況を改善するものにはならない気がする。

スポットクーラーはエアコンと同じ仕組みのミニエアコンのようなもの。エアコンの室内機と室外機が1つになったものと言える。これは冷風を送れるが、冷却した熱を外に排出しないといけないため、排気ダクトから外へ暖かい空気を排出できないと意味をなさない。うちのオフィスは窓を開けられない仕様なので排気ができない。ちなみにスポットクーラーを密室で使うと、冷却する機器の放熱と排気の暖かい空気の分だけ温度が上がってしまうらしい。あとエアコンの室外機とは異なり、熱をもつ機器が一体化している分だけ冷やす効率も悪化する。名前の通り、冷風を送るところだけ涼しければいいといった用途に使うものらしい。

冷風扇は水の気化熱を利用して冷やすという仕組みで排気を必要としない。原理的には打ち水したところに風を送ればちょっと涼しいといったもの。タンクに水と氷を入れたり、保冷剤を入れたりすることで涼しい効果を強化できるものの、最大のデメリットは水を蒸発させて涼しくするため、湿度をあげてしまうことになるらしい。湿度が高くなって不快指数があがれば元の木阿弥になってしまう。またフィルターで水を蒸発させる仕組み上、水を扱うところはカビや菌が繁殖しやすく、さらにそれを扇風機でばら撒いてしまうのでちゃんと掃除しないと衛生面でもよくないらしい。氷や保冷剤を準備するところまでは我慢できるが、掃除は面倒だなと思えて導入を諦めた。

エアコンってよく出来た仕組みなんだということが理解できた。レンタルオフィスのサポートに問い合わせたら夏場はエアコンを切らなくてよいのでつけっ放しにしておくと少し改善するのではないかというので今日から試してみることにした。これまで毎日朝エアコンを ON にして夜帰るときに OFF にしていた。基本的に私が一番早くオフィスに来て一番遅くに帰る。

対策はまだわからないけれど、この不快さを計測しておいて改善のための施策に役立てるために温度計と湿度計がセットになった計測器を購入した。エンペックス気象計 という会社の製品がよいとみかけたので次の2つを購入してみた。

近所のダイソーで同じような目安品というのも購入してみた。100円だと誤差があるそうでこれを厳密な値として信用するなと書いてある。パッケージに入ったものをいくつか比べても針の指す値にはブレがあるようにみえた。エンペックスの計測器が届いたらそれも比較してみようと思う。

能楽の勉強

能: 敦盛 を観に行ったときに解説を朝原さんが行っていて、その内容がとてもよかったので朝原さん主催の読書会 (?) のようなイベントに参加してきた。

芦屋能舞台 という、外からみたら普通の家のようにみえて入ったら能舞台が現れるといった構造になっていた。能舞台って家の中にあるからびっくりする。初めて行ったからピンポンするのに躊躇する感じ。地図をみたらこの家になっているけど、本当にここなの?って感じで、他の参加者も集まってきて、そのうち常連さんがやってきてここであっていますよと案内してくれて中に入れた。中に入ったら立派な舞台があった。

結論から行ってこの読書会はめちゃくちゃよかった。覚えていることをずらっと書き出してみる。

  • 班女は世阿弥作の能とみなされている
  • 世阿弥が謡を書いたものに「五音」がある
    • 班女、ゲニヤ祈リツ、

    • そこにはこれだけしか記述されていない (失われてしまった?)
    • 世阿弥の息子が世阿弥の芸談をまとめた「申楽談儀」に班女の謡い方についての記述があることからも世阿弥作だと考えてよいらしい
  • 謡は シテ方五流 によっても異同がある
    • 観世流 (かんぜりゅう)
    • 宝生流 (ほうしょうりゅう)
    • 今春流 (こんぱるりゅう)
    • 金剛流 (こんごうりゅう)
    • 喜多流 (きたりゅう)
  • 能を完璧に理解しようとするのはすごく大変
    • 演劇を完全に理解しようといった見方はしないように、能も演劇の一種とみてそのぐらいの感覚の方が楽しめる
    • シテ方各流の謡本の異同を比べたり、併合したりしながらより正しい解釈に努める
    • 大昔の能の謡の意味に正解などない、シテ方各流のそれぞれの解釈はある
  • シテやワキの台詞や謡には歴史、和歌、漢詩、韻を踏むといった、さまざまな意図が含められている
    • 教養がないとその意図に気付くことができない
    • 漢詩は 和漢朗詠集 から引用されている

20人ぐらい参加していた。朝原さんによると、いつもは10人に満たないと話されていた。私のように敦盛の解説を聞いて行ってみようと思った参加者がたくさんいたのかもしれない。

読む会のやり方はいたってシンプルで、詞章のプリントが配られててそれを参加者が数行ずつ順番に音読していく。歴史的仮名遣いだから音読するのもちょっと難しいんやけど。参加者の音読を聞いていると、慣れた人から素人までいるようなので拙くてもそれほど迷惑をかけている感じはしないのでまぁいいんじゃないかと思う。音読した後に朝原さんがその数行の意味や背景や歴史やなんやらかんやらをわーっと解説する。その解説の精度がすごい。

例えば、次のような一節がある。

花巾上 (はなきんしょう) に散りぬれば、

昔の謡の本はカナで書かれていて「ハナキンショウ二 …」と書いてあった。それを豊臣秀次も能が好きで謡抄に書き換えるときに漢字を当てようとしたが、キンという漢字が分からなかったか、なんらかの要因で一時的に「巾」という文字を割り当てた。豊臣秀次はいろいろあって切腹してしまうわけだけど、謡抄の編纂はその後も続いていてそのまま「巾」という文字で残ってしまった。他のシテ方の謡では「花琴上」とあり、意味的にも「琴」で正しいと思われる。音は「キン」で同じなので謡う上では何も違いはない。

秀吉をまねて秀次も能楽を自ら演じるようになったが、彼は公家・禅僧らに命じて最初の謡曲の注釈書である『謡抄』を編纂させ、後世の文芸に大きな影響を与えた。
豊臣秀次

ここには私は覚えていることをざっくり書いているが、もう少し詳細に説明されていた。謡の上でなんら重要でもないこんな歴史の話しを知っている人いるの?と思ってしまった。すごい。

もう1つ紹介すると、地謡の歌に次のような節が出てくる。

夏はつる。扇と秋の白露と。いずれか 先に 起臥 (おきふし) の床 (とこ) 。

この一節は新古今集和歌集の次の和歌を引用している。

夏はつる 扇と秋の白露と いづれかまづは 置かむとすらん 壬生忠岑

前に敦盛の詞章と一緒に観ていてなぜ単語の区切りがこのような感じになっているのか、まったく理解できなかった。それは私が和歌をまったく知らなかったからだと言える。謡や台詞の冒頭の一節は和歌を引用していることも多い。そのために和歌を知っていると謡をすんなりと聞き分けられるのだと思う。

このようにほんの数行の詞章にもたくさんの意図や背景があることを知った。朝原さんは能楽の研究者なので、詞章を読みながらそれぞれの文節の背景や意図を調べていることが伺えた。プロってこのぐらいやらないといけないなと。私は課題管理の文脈なら何気ないワークフローや作業にいろんな意図や背景を見出だせないといけないという気付きや示唆を受けた。

3ヶ月に1回のペースで開催している。次回は蝉丸という能を取り上げる。

その後に蝉丸の能を演じるイベントも開催されるらしい。次回は読む会で詞章を予習した上で能をみるようにしてみる。するとまた違った趣になるのではないかと思う。

敦盛を観てきた

18時半に寝て22時過ぎに起きて、もう今日は無理やと諦めてまた寝て、6時に起きて8時に起きた。車移動の旅の疲れか、いつもよりよく眠れた。

能: 敦盛

13時から 第四回《真花演能会》能『敦盛』カフーツのいとうさんとながいさん と一緒に観に行ってきた。結論から書くと、私にとってはとてもよかった。前に1度能を観た体験 があるのでその前回の体験との相対比較で観ることもできた。前回は能を2つ、狂言を1つ観たことで時間がかかった。今回は狂言と能を1つずつのセットで観た。初心者は観ていて疲れるのでこのぐらいの規模で十分に思えた。

一番よいSS席が8,000円と、前回よりも少し高い価格設定となっている。その価格差からサービスレベルの違いも伺えた。お客さんの入りは会場のキャパシティに対して7割程度といったところかな。

  • スマホとイヤホンで能の解説が聞けるアプリを提供
    • イヤホンをもっていなかったので聞いてないが、、、
  • 朝原さんの解説が丁寧でわかりやすかった
    • この解説もスマホから英語で聞けると話されていた
  • 資料は英語併記で当日のアナウンスも日本語の後に英語で行っていた
  • 詞章 (ししょう) という、能の台本が資料に添付されていた

詞章があることで演者が何を言っているのか把握しやすい。例えば、次のような台詞を能の独特の謡の表現で聞き分けるのは素人にはなかなか難しい。というのは現代語ではないという点と、明確な1文になっていなかったり、単語の区切りがよく分からなかったりするから。次の台詞から「に」「の」とかで終わっている文章があることがわかる。

ワキ: さては其夜の御遊びなりけり城のうちに。さも面白き笛の音の。よせ手の陣まで聞こえしは
シテ詞: それこそさしも敦盛が。最後まで持ちし笛竹の
ワキ: 音も一節を唄ひ遊ぶ

必ずしもこの台詞通りに謡をしているわけでもないことがわかった。少し飛ばしたり、書いていない内容を謳うこともあった。あくまでこれは参考程度のもののようだ。感覚的には8割ぐらい資料の沿って進んでいた気がする。

前回はちょくちょく寝落ちしてしまっていた。今回は詞章をみながら能を観ていたのでずっと集中して観ることができた。詞章ばかり目で追っていると演者の動きをみれないのでそのバランスも大事だと理解できた。本当はこの内容を暗記して観るのが正しいのだろう。寝落ちしたのは中盤の、詞章がなかった地元に住む男との会話の部分だけだった。

後半は囃子方の演奏とシテの演者の舞いが盛り上がっていって、最後の最後は場面が変わって少し落として終わったように思える。そこら辺はよくわからなかったけど、後半の盛り上がりにかけての、蓮生 (熊谷次郎直実) と敦盛との和解の雰囲気が表れていた。敦盛は2番目物の修羅能にカテゴライズされる。このカテゴリは修羅道に落ちた苦しみを描く作品が多い中、敦盛を討った蓮生が供養し、敦盛が成仏していく?ような終わり方になっていてよい結末のような話しになる。内容も後味がよいものだった。

狂言: 雷

能と狂言をセットにして 能楽 と呼ぶ。日記での紹介は前後しているが、現代では狂言を演じてから能をするという順番になるらしい。狂言は20-30分、能は1.5時間程度といった時間配分になる。現代に当てはめると、狂言はコメディ、能はシリアスなドラマといった演目になる。

雷 (神鳴) という狂言をみた。狂言は演劇に近いので詞章がなくてもだいたい雰囲気はわかるし、笑えるところもわかる。腰痛を治してもらった雷神が医者にお礼を求められ、持ち合わせがなかったことから「近日眷属を連れてそなたの住処に落ちて礼をする」と言うが、医者は「それは迷惑でござる。」と言い放った瞬間が一番受けていた気がする。一緒に行ったながいさんは狂言の方がわかりやすくてよいと話されていた。

大鼓方

太鼓 (たいこ) じゃなくて大鼓 (おおつづみ)、漢字が似ているのでたまに間違う。

前回に能を観に行ったときも 谷口正壽 さんが大鼓を演奏されていた。おそらく関西圏で活動されているのだと推測する。前回はパンフレットに囃子方の名前がなかったけれど、今回は囃子方の演者も記載されていたので名前を確認して調べてみた。観終わった後にいとうさんも谷口さんの演奏について言及しているのを聞いて、私も前回初めて聴いたのに囃子方すごいと印象に残ったのは谷口さんの技量の高さによるものだとわかった。素人が聴いていてもこの人は別格のように感じた。ホームページのプロフィールによると昭和54年 (当時10歳) から能楽石井流大鼓方に入門とあるので40年以上のキャリアになる。

谷口さんが大鼓で出演している能を探したら次がヒットした。前に菊慈童 の動画を見返したときも感じたが、臨場感が全然違う。動画だと谷口さんの凄さは霞んでしまう。生で聴いた大鼓と掛け声の聴こえ方とは異なる。

能楽と郷土を知る会

能楽を演じる前に30分ほど予備知識や背景などを解説する時間がある。今回は 朝原広基 さんという能楽研究家が演目の解説を行った。肩書きの通り、当時の時代背景や風習などをとても丁寧に解説してくれてわかりやすかった。

パンフレットに入っていたチラシをみて 能楽と郷土を知る会 というイベントを運営されているようだ。まさに私が関心のある内容なので今度遊びに行ってみようと思う。

ストレッチ

土曜日は旅行へ行っていたので日曜日の夜にストレッチへ。首が痛いとトレーナーさんに伝えたら、いつもはやらない首のストレッチもやってくれた。感謝。体調の悪いところを伝えるとそこもストレッチしてみてくれるのが助かる。車を運転する姿勢はどうしても前傾姿勢になるのと、運転は意識を集中しないとできないことからデスクワークよりも上位の負荷がかかるらしい。神戸から高知まで何時間もかけて運転しているし、移動の時間は車に乗せてもらうことも多かったので全身あちこちに張りがあって、とくに上半身が全般的に硬かった。今日の開脚幅は開始前151cmで、ストレッチ後154cmだった。いつもとは違う状況での計測なので数値は悪化した。

気付けば週末

1時に寝て何度か起きて6時に起きた。あまりうまく寝付けなかった。

隔週の雑談

顧問のはらさんと隔週の打ち合わせ。今日の議題はこれら。いつもより盛り沢山。

農業体験のコンテンツ作りは 人生の楽園 という番組が参考になるんじゃないかといった話題が出た。うちにはテレビがないのでみれない。オンラインでみれるなら視聴するんやけどな。

amqp091-go の context 制御のセマンティクス

先日送った amqp091-go の pr でメンテナーから api の振る舞いのセマンティクスが変わってしまっているという指摘をいただいた。

それはその通りなんだけど、一般の go プログラマーからするとそう動いてくれた方が便利でよいんじゃない?と返してみた。

ニトリ商品受け取り

オフィスで使うスマートフックをオンラインで購入した。最寄りの店舗で受け取ると送料が無料になるというのでやってみたら2週間ほどかかった。急ぎではないので受け取りが遅いこと自体は構わない。受け取るときに店舗のスタッフに「このお店にもスマートフックの在庫あったりしますか?」と聞いて調べてもらったら、いまの時点では在庫があるという。もしかして発注時にも店舗に在庫があったとしたらそれを転用すればわざわざどこかの倉庫から2週間もかけて送る必要はなかったんじゃないか?とか考えた。こういうのをみかけると在庫システムを改善したいと思ってしまう。

【購入日】     2023年05月26日 (金)
【お渡し予定日】  2023年06月10日 (土)
【保管期限】    2023年06月24日 (土)

敦盛

第四回《真花演能会》能『敦盛』 のチケットの申し込みをした。問い合わせフォームでチケット申し込みの旨を連絡するとメールが返ってきて、銀行振込して、先方が確認したら住所にチケットを送ってくれるという。職人が参加者1人1人にメールを手書きで返す運用になっている。メールに記載された振込先の口座番号が全角文字で paypay 銀行の振り込み画面では全角文字をコピペできなかった。申し込み者も口座番号を1文字ずつ手打ちしなさいと言われた気分だった。こういうのをみかけると決済システムを自動化したいと思ってしまう。

一期一会

1時に寝て何度か起きて6時に起きた。鬼滅の刃を読みながら寝落ちした。

近況報告の資料作り

来週また東京出張することになり、あわてて資料作りしていた。5月に落ち穂拾いして6月は開発始まりだし、経費削減の意図もあって出張しなくてもよいんじゃないか?と緩く考えていた。しかし、先方は全然そんなつもりなくて「当然出張してくるよね」的なノリだった。毎月の顔合わせというリズムもあるし、新しい定例会議の進め方 を初めて実践する上でもオフラインでやるのが大事かもしれない。

能は一回限りの公演

武田宗典さんという能楽師が1分25秒頃から次のように話している。

能は全部一回限りの公演なんですよね。
すべてそのときだけに集まる人たちなので、
そのときにしかできない空間の作品が出来上がる。

観世流 能楽師シテ方・武田宗典

プロジェクトマネジメントも同じところがあるなと親近感をもって聞いていて印象に残った。プロジェクトマネジメントの目的はプロジェクトの再現性にあるわけだけど、実際には、あるプロジェクトでうまくいったもの (いかなかったもの) を完全には再現できない。それはまったく同じ状況、同じ要件、同じ開発メンバーでプロジェクトに取り組めないことが大半だろうし、仮に同じ開発メンバーであっても、人は時間とともに成長するので成長前に戻ることはできない。「歴史に if はない」という言葉と同様に過去のプロジェクトマネジメントや、よそのプロジェクトマネジメントになにかを言っても意味のない行為である。

久しぶりの書評

1時に寝て夜に起きて吐いてあまりうまく眠れなかった。たまにそういうことある。今日はコードレビュー対応とコードレビューと会議の進め方のルールを作ったりしていた。

能―650年続いた仕掛けとは―

日曜日の夜から書き始め、月曜日はレイオフのニュースを読んでだらだらして、ようやく 能―650年続いた仕掛けとは― の書評を書き終えた。ほとんど本からの引用なのに時間がかかったのは私が内容を深く理解できていないのでなんども本を読み返しながら間違いのないように注意して書いていたから。前に書いてから約5ヶ月経っていた。