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50歳の壁に備えて

昨日は寒さに耐えかねて今冬で初めて暖房を入れて寝た。お腹を冷やさなかったので効果はあったように思う。寒過ぎる。22時頃から寝て2時に起きて5時ぐらいまでだらだらして7時に起きた。最近気になるのは寝ていたら吐き気がして苦しむ日が多い。朝と昼は平気なのに眠るのが大変。

ストレッチ

今日の開脚幅は開始前153cmで、ストレッチ後156cmだった。やはり先週とほぼ変わらず。急に寒くなって体調を落としているのもある。筋肉の状態も右太もも周りの張りや違和感と右腰の張りが依然として強い。よい・わるいで言ったら明らかに状態はわるい。今週はそんなにハードには働いていないし早く帰って休む時間も多めに取ろうと努めたものの、夜に吐き気で眠れないという苦しみがそのまま筋肉に表れているのではないかとすら思えてくる。それぐらい眠れない。歳とるとそんなもんなのかなぁ。

フリーランス、40歳の壁

はらさんがお勧めしていたので フリーランス、40歳の壁 を読み始めた。「序章 フリーランスは自由という名の業である。」を読んだ。

本書で取り扱う「自由業」は、著述作家業を中心とした「表現業者」のことです。

プログラマーは「モノ作り」よりも「モノ書き」に近いという言葉もあるように、大きな枠組みでは表現と呼べるかもしれないけど、どうやら本書の著者はフリーライターという職業らしい。

自由業者には2種類あると思います。 自由業に「なる」人と、「ならざるを得ない」人 です。

前者は会社員をやりながら余暇で作品を創り、十分な経験を積んでフリーになる人。後者は、さしたる経験も実績もなくフリーに「なってしまう」人。

序章を読み始めた冒頭では私は自由業にならざるを得ない方の人かなと思って読み進めていた。しかし、序章全体を読み終えると、普通の会社勤めの働き方にあわせられない人を「ならざるを得ない」人と表現しているようにみえる。そこまでのアンマッチはないという視点から言うと、私は前者になってしまう。けれども、なにか引っ掛かっているところもある。40歳のとき働いていた会社で早期退職制度が設けられ、私も50歳になったらそれで辞めてくださいと言われる未来がリアルにみえた。周りに疎まれながら会社にしがみついて養ってもらうといった生き方は私には向いていない気がする。それはプライドがどうこうではなく、私にとってそんな人生を楽しめるようには思えなかった。だから私は辞めるしかなかったし、自分で仕事を創っていくしかないと決めた。もちろん社会人として20年ほど働いた実績はあったけれど、会社経営の経験はなかったし、会社をやっていく展望も準備もなにもなかった。まさに無計画にいきなりフリーにならざるを得なかったという表現が腑に落ちた。

私は、なんとなくなれてしまう自由業者は気楽な仕事、と言いたいのではありません。その反対で、こういう人は年とともに「壁」にぶつかる率が高いと言いたいのです。30歳・40歳・50歳の節目ごとに壁は襲ってきます。10年経るごとに、壁は大きく、厚くなります。それでも人間は生きていかねばなりません。

50歳という節目に私はどんなお仕事をしているのか、現時点ではまったく想像がつかない。一方で著者は自由業にならざるを得なかった人には大きな壁があると説いている。はらさんと話していても50代は単価を下げられるという話しはよく聞く。今後の働き方への戒めとして読んでおくのもよさそうに思える。

go の nil を学び直し

3時半から起きていたせいか夕方に眠くなって19時過ぎから23時まで寝て、それからまたオフィス行って4時ぐらいまで作業してから戻って寝て8時半に起きた。生活がめちゃくちゃ。

ストレッチ

今日の開脚幅は開始前154cmで、ストレッチ後158cmだった。生活が不規則になって体力的にバテているのもあって右股関節、右腰の張りが強かった。さらに加えてふくらはぎ、腕と全身的にいつもより張りがあるように感じた。トレーナーさんが言うには座っている時間がいつもの週より多かったならその分だけ筋肉が固まってしまう可能性はあるとのこと。先週の東京出張から帰ってきて、リモート環境の構築、macbook 環境でメモをとった内容の見直し、リモートワークでマネージャー業をやるための準備や足りない知識の習得とか、さらに2つの社外イベントにも参加していたので普段の週よりも長い時間を机に向かって作業していたのは正しい。新しいお仕事を受けると一時的に仕事量の負荷が増える。それ自体は悪いことではないけれど、2-3ヶ月は余裕のない生活になりそうな気がする。毎週ストレッチがあるとそういった過労の疲労軽減に役立ってくれているので助かっている。

オンライン読書会

ずっと参加しようと思いつつ、都合があわなくて参加できていなかった 第4回『Go言語による分散サービス』オンライン読書会 に4回目にして初参加した。7.4 発見されたサービスにリクエストし、ログをレプリケーションする (130ページ) から 8.2.3 有限ステートマシーン (163ページ) まで読んだ。途中からなので過去の経緯はわからないものの、柴田さんが詳しく解説してくれるのでまったくついていけないということはならなかった。出てくるサンプルコードのスニペットからでも学ぶことは多々ある。effective java 読書会に参加してた人だと柴田さんに覚えていてもらっていて嬉しかった。おそらく参加者の記録を自前で管理されているようにみえた。

go でインターフェースを実装しているかを確認するイディオムとして次のような宣言がある。nil を任意の struct のポインタにキャストするのを試す。変数は _ を宣言しているので実際にはこのコードはなにも定義しない。

var _ mypkg.MyInterface = (*MyImplements)(nil)

なぜこんなことができるのかは nil は nil という記事で解説されている。interface 型は型への参照と値への参照を属性にもつオブジェクトであり、そのゼロ値は nil である。interface 型の nil は型への参照をもっているから nil をキャストするといったコードを書ける。python や java のような言語で nil に相当する None や null といった primitive はキャストするといった概念はない。事実上のシングルトンと言ってよいはず。一方で go の nil は原則として型への参照 nil 且つ、値への参照も nil なものではあるが、interface 型のゼロ値を表すため、この例で言えば、型への参照として mypkg.MyInterface 且つ、値への参照が nil のオブジェクトを生成できる。シングルトンではない。つまり (*MyImplements)(nil) != nil となる。go の nil は他言語からみて特殊ということを知ってはいたんだけど、読書会に出てそのことを確認するサンプルコードをみつけたことで私の学び直しになった。感謝。

ソースコードはここに置いた。

メンタリングの学び直し

5時過ぎに寝て10時に起きた。出張で生活のリズムが狂ったまま。

2-1. メンタリングで相手の思考をリファクタリング

エンジニアリング組織論への招待 のメンタリングの技術の章を読み直すことにした。3年前ぐらいに読んだのであまり覚えてない。私は管理職ではなかったし、若い人に口であれこれ言うのもハラスメントになる懸念から私の働き方をみて役に立つところを盗んでもらえればよいと考えていた。これまでメンタリングには関心がなかった。しかし、いまマネージャーとしての役割で臨む以上は最低限の基礎は抑えた上で取り組む必要があると考え方を改めた。今日は「2-1. メンタリングで相手の思考をリファクタリング」を読んだ。節を簡潔に要約してみる。

メンタリングとは、対話を通じて、思考の幅を広げ、その人の歪んだ認知を補正し、次の行動を促し、成長させる手法である。スキルなので誰でも習得できる。自ら問題を発見し解決することができる 自立型人材 を作るために、信頼関係の上に正のフィードバックループから 自己効力感 (self-efficiency) を与えられるように働きかける。次の条件を満たさないとメンターの言葉でメンティの行動を自ら変えるようにはならない。

  • 謙虚: お互いに弱さをみせられる
  • 経緯: お互いに敬意をもっている
  • 信頼: お互いにメンティ (自身) の成長期待をもっている

自らいままでわからなかったことを理解した状況を 自己説得 と呼ぶ。他人が質問で促し、体験を伴い、行動の変化が発生しやすい。メンティが自己説得できる状態になるようメンターは対話で気付きを与えないといけない。悩むと考えるは違う。悩んでいるときは思考がぐるぐると巡り、もやもやした状態。非常に苦しい上に生産的でもない。一方で考えているときはメモ帳やホワイトボードなどに課題を書き出し、分解したり、抽象化したり、具体化したり、、、何かしら行動をとっている状態。次にとるべき行動がはっきりしていれば悩むことはない。メンティが行動できているかどうかを観察し、悩んでいるようならその背景を聞き出して、気付きを与えて考えている状態へ変えていく必要がある。

ストレッチ

今日の開脚幅は開始前154cmで、ストレッチ後159cmだった。東京出張であちこちガタがきていて全身に張りがあったように思う。生活や睡眠が不規則になったことによる疲労もそのままストレッチの窮屈さにつながっているように感じた。毎週ストレッチの機会があって本当に助かっている。ストレッチをした後は体が軽くなって疲労を軽減できているように思う。これまでたまにマッサージへ行って対応していたのが、毎週チェックして手入れできていることの価値がこういうときによくわかるようになってきた。

踊龍を学ぶ

0時に寝て3時に起きて6時に起きた。わりとよく眠れた。朝一でバグに気付いて慌てて修正したりしていた。

リーダーとしての易経

「第四段階 踊龍 龍が飛躍する時」を読んだ。

龍の成長過程を年齢に当てはめると、潜龍は10代、見龍が20代、君子終日乾乾すが30代とある。実際には第3段階は量から質を磨く時なので相対的に長くなる。20代後半から40代ぐらいとみてもよい。そうやって40代には実力が十分に備わっていると言える。踊龍から飛龍になれるかどうかは実力だけではなれない。ここで時、つまりは好機をとらえる必要がある。ここでいう時とは時・処・位の3つを指している。飛龍になるには早すぎても遅すぎてもダメだという。機と期と気を観ないといけない。観るというのは洞察力を指している。

  • 機: 機会
  • 期: 期日
  • 気: 気運と兆し

志は変容したり、しぼんでいく。世の中の流れに押し流され、埋没してしまうこともある。志を失うと乾乾することも放棄して、やがて亢龍となり衰退していく。潜龍のときに抱いた志を持ち続けられていれば、龍の変遷過程を経てイメージが実際に実現できていて、踊龍で最終段階になっている。1つ1つのパーツが適所にはまり、描いてきた志のビジョンが明確になる。機が熟し時が満ちる。

いくつか分かるような分からないようなキーワードもあるし「兆しを観て適切な時に動け」と言われてもプラクティスというより精神論に近い。易経とは時の変化の法則性を理解して、人間が然るべき時を理解できるようにする学問ではあるが、一朝一夕ではないことが文章からわかる。それでもいくつか共感するところはあって、志とまで昇華しなくても思い付きでよいアイディアだと思ったことが1週間も経つとそう思わなくなったり、1ヶ月もするとやる気をなくしたりすることが私は多々ある。別の観点では、初期の挑戦というのは得てしてうまくいかない、いや大半が失敗する。余談だが本書の中に「潜龍用うるなかれ。」という言葉が出てくる。重用したり責任をもたせてはいけないとある。自分が潜龍だとしたら焦って早成を求めてはいけない。経験も実力もないこの時期にすべきことは志を抱くこと。

会社を始めて最初の2年で大きな失敗をしたときに課題管理を自社のビジネスにできないかと思い付いた。その後、3ヶ月間調べたり話したりして、その後1年間スクラム開発に勤しみ、そしてこれからプロダクトマネージャーとして実践する。決して順風満帆ではないが、たしかに時が変わり、やっていることも変わり続けている。そして、課題管理という分野における解像度は1年前よりも高くなった。易経の乾為天をフラクタルに考えるのは正しくないのかもしれないけど、製品開発のサイクルとみなしても理は通りそうな気もする。

自分史を易経から読み解く

0時に寝て3時に起きて5時に起きて7時半に起きた。夜に紅茶を飲むのをやめて少し眠れるようになった。QA レビュー待ちのタスクが溜まっていて、リリース前でやることないから軽微なバグ修正してた。

リーダーとしての易経

週末に三ノ宮.devの勉強会がある。発表者が少なかったら私もなにかしら発表しようかと考えている。

テーマは「継続」でみなさんが継続していることについて色々教えてください!

継続と聞いて思い浮かべるのは過去に menta に書いた記事とかも見返していた。

いまになって 易経の本 も軽く読み直してみたいと考えている。もう10年以上プログラミングを学び続けてきたし、転職や起業など自分がやってきた歴史からふりかえるとなにか発見があるかもしれない。

易の三義

  • 変易: 森羅万象、すべてひと時たりとも変化しないものはない
  • 不易: 変化には必ず一定不変の法則性がある
  • 易簡: その変化の法則性を理解すれば、わかりやすいものになる

時は必ず変化するので、良い時は悪い時へ向かい、また悪い時は良い時へ向かう。変化するから成長と発展がある。

時の三要素

易経のいう時には時間だけでなく空間も含む。次の3つの要素で成り立つ。

  • 時: 時間、期、タイミング、兆し
  • 処: 環境、状況、場
  • 位: 位置、立場、社会的地位、人間関係

時・処・位を踏まえた判断と行動がリーダーには必要。

時の変遷過程の原則

易経の64の時の中でもっとも原則的な時の変遷をたどる龍の話しが乾為天 (けんいてん) という卦になる。次の6段階で力を蓄え、師に仰ぎ、繰り返し、試みて、変化を為し、衰退する。

  1. 潜龍: 変化の始まり
  2. 見龍: 目が開かれる時
  3. 君子終日乾乾す: 道を反復する
  4. 踊龍: 自ら試みる時
  5. 飛龍: 変化を起こす
  6. 亢龍: 平らかなものは必ず傾く

改革と革命

0時に寝て6時に起きた。たまたま見かけた記事から昔読んだ本を思い出した。

40代は改革と革命

たまたまタイムラインでこんな記事をみかけた。

30代のころは「改善」でいいと思うのです。30代のうちに仕事の基礎をガッチリ身につけ、40代以降は改革と革命に取り組む。私はいつも、40代以上の社員に「改善をするな」と言っているんですよ。

ニトリ会長が斎藤佑樹にアツく語る、「30代にするべきこと」「40代にやるべきこと」

私の生き方に近い考え方だったので印象に残った。私はもともと sier 出身なので働き始めた頃からマネージャー側にいた。たまたまトラブルプロジェクトに参加してひたむきに1年半ほど働き通したら大きな成果が出て、組織からプロジェクトマネージャーになることを嘱望されるようになってしまった。私はただの議事録係だったが、結果的に事実上のプロジェクトを仕切るようになった。それはそれで誇らしかったのはあるけど、それと同時にマネージャーはだいたい分かったという気持ちにもなった。そしてマネージャーの働き方は自分の意思ともあわなかったので潔く辞めた。おそらく自分がやったことのないことに挑戦するという生き方の基礎が最初の退職と同時に出来た。転職じゃなくて退職なのは辞めることを決めてから次のお仕事を探したから。閑話休題。30代のときにひたすらコードを読んで、ひたすらコードを書いてきた動機づけの1つとして、昔読んだ本の1つに リーダーの易経 がある。著者によると、易経とは時の変化の原理原則が書かれていて、時を読むための専門書と言えるらしい。時の第三段階として次の言葉がある。

君子終日乾乾 (けんけん) し、夕べに惕若 (てきじゃく) たり。厲 (あや) うけれども咎なし。

(要約) 朝から晩まで、繰り返し邁進して努力する。そして、夜、独りになったときに、1日を恐懼 (きょうく) して省みる。そのようであれば、危うい時ではあるが、咎めはない

「乾乾 (けんけん) す」とは高揚感、充実感をもって進む、「厲 (あや) うけれども咎なし。」とは省みることを怠らなければ、危うい立場ではあるが、大きな失敗はないという意味になるらしい。

自分の力、自分でないとできないことを創出するためには、なかったものを創り出すわけです。そのために必要なものは、毎日朝から晩まで同じことを繰り返すことです。継続は力なりというのは、この段階です。

同じことを繰り返すことが創出につながるというのはおもしろい話しで、同じことを繰り返すうちにちょっとしたミスや失敗が創意工夫や技を磨くきっかけになるという。失敗したで終わらせずに省みることで気付きを蓄積していくことがオリジナリティを育てる。乾乾 (けんけん) という言葉の響きを気に入ったのか、おそらく2007年頃に読んだ本なのに15年経ってもいまも記憶に残っているというのは人生において影響を受けたと言っていいだろう。

若い頃からマネージャーをやってくれという依頼を断り続けて、いま満を持して次のお仕事ではマネージャーをやろうと考えている。メンバーとして経験を得た上でマネージャーとして自分が何をできるかを確認したい。一方でマネージャーの仕事を未経験/業務委託で探すのがなかなか難しくて苦戦している。私には課題管理というたった1つの武器しかないが、それをマネージャーとしてどう活用できるのか。組織で働く人は言われたことをやる人が多い。私は課題管理を用いて然るべきことをやることに重きを置いている。課題管理で業務を改革や革命のレベルまで昇華できるかどうかを実践の場で確かめたい。

夏バテは解消しつつある

1時に寝て7時に起きた。開発の作業しようかと思っていたけど、なんか気分が乗らなくて本を読んでただけだった。

ストレッチ

今日の開脚幅は開始前158cmで、ストレッチ後162cmだった。まずまずの数値でストレッチを受けていても調子がよかった。気温が下がって暑さが和らいできて体調もよくなってきた感じがある。以前から姿勢があまりよくないといったアドバイスを受けていて、前側の筋肉に比べて後側の方が相対的に強いから後側の筋肉を多用しようとして腰に負担がきているといった話しがある。姿勢を保つときに腹筋を使うように意識した方がよいといったアドバイスをトレーナーさんからもらった。

正史 諸葛亮孔明

「第四章 赤壁の戦い」を読んだ。

孔明が軍事の指揮をとるのは劉備の死後になるので、劉備の生前に起こった赤壁の戦いで伝えられる孔明の逸話は基本的にすべて嘘になる。演義では十万本の矢、東南の風、龐統による連環の計までもが創作らしい。赤壁の戦いの功労者は呉の都督だった周瑜の戦略によるもので戦う前から結果がみえていた。周瑜が用意周到に準備した戦略通りに魏軍がはまり、そこに周瑜の部下である黄蓋が提案した火計が成功をおさめたという。これはこれでおもしろくて戦いとはその前の準備の段階で決着がついているという見方ができる。周瑜は都督で全体の戦略を描くものの、実際の戦場における戦術は積極的に部下に任せるというスタンスをとっていた。また実際にはこれは大きな戦ではなく、小競り合いと決定打だとなった火計はあったものの、魏軍で流行した疫病による撤退というのが史実だと言えるらしい。演義における赤壁の戦いが大創作になっている背景として、三国志演義が編纂された時代 (実際の赤壁の戦いから千年後) にあった 鄱陽湖の戦い がモデルになっているのではないか。また孔明の神算鬼謀も朱元璋に仕えた 劉基 からきているのではないかという話しでもあるらしい。

次のお仕事探し

22時に寝て5時に起きた。前日はあまり寝てなかったら眠くなった。午前中に昨日やり残した開発のお仕事を4時間ほどやってから自分の会社の雑務をしていた。

智将・諸葛孔明の兵法

智将・諸葛孔明の兵法の書評 をみかけた。amazon.co.jp に本の情報があることは確認できたが、1987年に出版された本なので在庫はないから諦めていた。たまたま先日メルカリで売っているのをみつけたので購入した (300円) 。第一部生涯 7.馬謖を斬るのところで第一次北伐の背景や概要が説明されている。馬謖が山の上に陣取ったのは短期決戦を意図してその優位性を取ろうとしたのだろうと著者の推察が述べられている。また馬謖を斬るにいたったのは軍律を守ることをすべてに優先したと説明されている。みずからが軍律を破ってしまうと蜀全体の維持が不可能になるだろうと著者も推察が述べられている。そのときに涙したことも触れているが、涙した理由の詳細については言及していない。

リモートワーク前提のお仕事

以前、登録した人材紹介プラットフォームremogu さんがある。待遇のよい案件はほぼ東京か、あっても大阪になる。私は神戸に住んでいるので基本的にリモートワークでないとお仕事を探すのは難しい。remogu さんはリモートワーク前提なのでフィルター条件が1つ減るので検索しやすい。11月から新しいお仕事を探さないといけない。remogu さんのプロフィール情報を求職のステータスに更新しておいた。すると翌日に過去に面談したエージェントさんから連絡があって、すぐに希望に沿った案件を4つほど提案してくれた。その業務内容を今日みていたらどれも私の希望した業務内容に合致するものだったので優先順位とともに職務経歴書を更新して返信した。以前、面談したときもこのエージェントさんの印象はよかった。なにかしら相性があるのか、よい印象をもつエージェントさんだとよい提案をしてくれる。この前、初めて登録した人材紹介会社のエージェントさんとの面談はいまひとつだったのでなにかしらエージェントさんの質なのか、人間力の差による違いがあるんだなと思う。順番に面談していってマネジメントのキャリアを得られるかどうか、私にとっては大きな挑戦の1つになるので求職活動をがんばりたい。

暑い日が続く

0時に寝て6時に起きた。今日は業務時間の大半が打ち合わせだった。

正史 諸葛亮孔明

「第十章 蜀の再建と出師表」を読んだ。

孔明の話し相手になっている 蔣琬 (しょうえん) のプロフィール情報がある。孔明の死後、後継者として内政を取り仕切ったらしい。孔明の後を継ぐ人物は相対比較されることから低い評価になりがちだが、蔣琬はそれでも評価が低くないことから時代が異なればもっと高い評価を得た政治家だったのかもしれない。むしろ孔明が北伐を5回もできた背景は留守中の内政を蔣琬始め、出師表で取り上げられた人物たちがうまく運営していたといった話しも出てくる。軍事は国庫を大いに逼迫し、蜀は魏や呉と比べて国力が劣る国家であったことから内政の負担も大きかったと思われる。

出師表 (すいしのひょう) という言葉を知らなかった。出師表とは臣下が出陣するときに君主に奉る文章のことを指す。孔明が君主の劉禅に奉った文章がとても有名らしい。2つあるので前出師表と後出師表と区別する場合もある。後出師表は孔明が書いたものではないという説もあるらしい。一般に出師表と言えば前出師表のことを指す。この出師表のどういったところがその時代の他の文章と異なるのか、また優れているのかが説明されている。孔明の人格者としての振る舞いや忠義が表れていると言える。時代が大きく違うせいか、出師表の内容を読んで私はどうとは感じなかったものの、これは私が提唱するよい開発文化の1つ「書く」ということの重要性ではないかとも思えてきた。当時、孔明と直接話せる人はせいぜい数十人から百数十人程度であろうから、出師表のような文章で多くの兵士や国民に影響を与えた事例の1つと言えるのかもしれない。

孔明の史実を読み始めた

0時に寝て7時に起きた。

正史 諸葛亮孔明

パリピ孔明 がおもしろかったので孔明の記事などを読んだりしていた。

私、姓は諸葛、名は亮、字を孔明と申します。

作品中のこの挨拶が印象に残っている。キャッチフレーズのようなものが挨拶というのも珍しい?そんなこんなもふくめて孔明の本も読んでみることにした。

「第十一章 第一次北伐」を読んだ。

孔明が軍事で手腕を振るうようになるのは劉備の死後になる。北伐は第一次から第五次まである。そのうちの第一次北伐の失敗は 泣いて馬謖を斬る の故事で有名である。wikipedia の説明では正史と演義でこの故事に関する記述は異なっていることが書かれている。本書では、馬謖が副将の王平の諫言に従わず、山頂に布陣したことそのものは悪い策ではなかったと擁護されている。山頂から地の利をとって一刻も早く要衝を通過したい敵の張郃の軍にとって厄介な配置と考えることもできる。馬謖の失敗は実戦経験が乏しかったことで水源の確保を怠っていたことだという。かたや敵将の張郃は歴戦の名将であることから水源の確保ができていないことを看破して馬謖が布陣する近くの川や水源を確保してしまった。水源を確保することなど軍事に限らず当たり前の話しであり、戦術書に「水源を断て」などと記述しているものはないという。馬謖軍の布陣をみただけでそのことを見抜いた張郃の応用戦術を褒めている。さらに戦争に敗れただけであればまだよかったが、馬謖は敗北の責任を逃れるために逃亡したらしい。その承認欲求とプライドのために自分が負けた事実を受け入れられなかった。本書では、孔明の任命責任も大きいと締め括られている。馬謖が孔明の愛弟子であるから、実績のある諸将よりも私情を優先して実績をつけさせてあげようと抜擢した。その結果、馬謖もより大きな実績を挙げようと行動して失敗してしまった。どういう思いで涙を流したかは本書では書かれていなかった。

久しぶりにブログを書いた

2時過ぎに寝て7時に起きて9時まで寝てた。

もてなしだけではもう食えない

読み進めておもしろかったし学びにもなったので書評を書いた。

backlog-github-integration-action v1.0.1 リリース

backlog-github-integration-action のバグ修正 した変更を v1.0.1 としてリリースした。2週間ほど検証環境でリグレッションがないかをみていた。問題なさそうなので v1 ブランチにマージして docker イメージを push して v1.0.1 タグを付けてリリース成果物を作成した。久しぶりにやると手順を忘れていてドキュメントを書かないといけないなとか思ったりした。