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人口動態とビジネスの戦略

今日の運動は腹筋ローラー,腕立て,ハンドグリップをした。足の疲労がピークに達しているので今日は筋トレのみにした。統計を 運動の記録 にまとめる。

人口減少カレンダー

この前、というよりももうずっと前だが、散髪屋さんで理容師さんから未来の年表という本に書いてある人口減少カレンダーの紙をもらった。マネーの虎の南原さんも人口動態からビジネスの戦略を立てる ことを言及していた。南原さんの本を読む前にこの紙をもらっていたので人口動態の研究とビジネスの戦略はセットで行わないといけないと考えていた。たまたま部屋の資料などを整理していて、その紙をどうしようか悩んで、ひとまずここにテキスト化しておく。

  • 2017: 「65-74歳」人口が減り始める
  • 2018: 75歳以上人口が「65-74歳」人口を上回る
  • 2018: 18歳人口が大きく減り始める。やがて国立大学も倒産の懸念
  • 2019: 世帯数が5307万とピークを迎える
  • 2019: IT (情報技術) を担う人材がピークを迎え、人手不足が顕在化し始める
  • 2020: 女性の過半数が50歳以上となり、出産可能な女性数が大きく減り始める
  • 2021: 団塊ジュニア世代が50歳に突入し、介護離職が増え始める
  • 2022: 団塊世代が75歳に突入し、「ひとり暮らし社会」が本格化し始める
  • 2023: 団塊ジュニア世代が50代となり、企業の人件費はピークを迎える
  • 2024: 団塊世代がすべて75歳以上となり、社会保障費が大きく膨らみ始める
  • 2025: 東京都の人口が1398万人とピークを迎える
  • 2026: 高齢者の5人に1人が認知症患者 (約730万人) となる
  • 2027: 献血必要量が不足し、手術や治療への影響が懸念されるようになる
  • 2030: 団塊世代の高齢化で、東京郊外にもゴーストタウンが広がる
  • 2030: IT を担う人材が最大79万人不足し、社会基盤に混乱が生じる
  • 2033: 空き家が2167万戸を数え、3戸に1戸は人が住まなくなる
  • 2033: 老朽化したインフラの維持管理・更新費用が最大5兆5千億円程に膨らむ
  • 2035: 男性の3人に1人、女性の5人に1人が生涯未婚という「未婚大国」になる
  • 2039: 死亡者数が167万9000人とピークを迎え、火葬場不足が深刻化する
  • 2040: 全国の自治体の半数近くが「消滅」の危機に晒される
  • 2040: 団塊ジュニア世代がすべて65歳以上となり、大量退職で後継者不足が深刻化する
  • 2042: 高齢者数が3935万2000人とピークを迎える
  • 2045: 東京都民の3人の1人が高齢者となる
  • 2050: 世界人口が97億3000万人となり、日本も世界的案食料争奪戦に巻き込まれる
  • 2050: 現在の居住地域の約20%が「誰も住まない土地」となる
  • 2050: 団塊ジュニア世代がすべて75歳以上となり、社会保障制度の破綻懸念が強まる
  • 2053: 総人口が9924万人となり、1億人を割り込む
  • 2054: 75歳以上人口が2449万人でピークを迎える
  • 2055: 4人に1人が75歳以上となる
  • 2056: 生産年齢人口が4983万6000人となり、5000万人を割り込む
  • 2059: 5人に1人が80歳以上となる
  • 2065: 総人口が8807万7000人で2.5人に1人が高齢者となる
  • 2076: 年間出生数が50万人を割り込む
  • 2115: 総人口が5055万5000人まで減る

人が詩を読むとき

4時に寝て5時頃に起きてトイレに行ってまた寝て7時半に起きた。2時前から布団に入っていたと思うが、夜に居眠りするせいで夜中はうまく眠れない。

今日の運動はレッグレイズ(椅子),腹筋ローラー,腕立て,スクワット,背筋,水中ウォーキング,縄跳び(両足跳),散歩をした。統計を 運動の記録 にまとめる。

睡眠時無呼吸症候群の検査キット

フィリップス社のウォッチパット ユニファイド という検査キットが送られてきた。指先と喉元に装置を付けて電源を ON にして眠るだけ。装置の特徴としておもしろいのは電源を ON にしたら OFF にすることはできなくて10時間後に自動的に OFF になるという。これは寝ている間に誤操作で電源が OFF にならないようにという配慮だと思う。正しい設計だと思う。また晩ご飯食べてから1-2時間居眠りしてしまって、それから40分ほど散歩行って、お風呂入ってストレッチして眠ることにした。ちょっと寝てしまっていたからいつもより寝付けなくてうまく検査できているか、普段通りではないという意味で不安でもある。4-6時ぐらいまでは普通に眠れたと思うけど、サンプリングのデータとしては少ないかもしれない。

掃除のエネルギー消費

午前中、部屋の掃除やレイアウト変更を2-3時間していた。ふと fitbit のアクティビティをみると、散歩と同等もしくはそれよりも高い数値を示していた。掃除けっこうしんどいのはそうだし、あちこち歩いたり拭いたりモノを片付けたりするから歩くよりもカラダ全体を使って運動しているという見方ができる。定期的に部屋のレイアウト変更や大掃除をすると、よい有酸素運動になることに気付いた。

2023年度の個人の確定申告1

昨年の確定申告はこちら 。書類作りの作業に着手し始めた。今年も昨年とやることはほとんど変わらない。

  • 給与の源泉徴収票からの転機
  • 印税売上を源泉徴収済み雑収入として登録
  • ふるさと納税と npo 向けの寄付金の登録
  • 株式の取引報告書の登録 (損益通算)
  • 小規模企業共済の所得控除の登録

ふるさと納税の入力をしようとして電子申請できるようになっていることに気付いた。今年から?

特定事業者のポータルサイトにてダウンロードした寄付金控除に関する証明書(XML形式)から寄付金の内容をまとめて取り込むことができます。

私は さとふる でふるさと納税の手続きをしている。調べてみたらポータルで「寄付金控除に関する証明書」を電子データで発行してくれる。申請してから発行に2日かかるという点が意味不明だけど、申請して待つことにした。来年からは事前に証明書を発行をやっておくとよさそう。

いつの間にか上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除が freee 上でできるようになっていた。昔はこの書類は電子申請に対応していなかったような気がする。

ふるさと納税が電子申請できるようになったことであとは認定 NPO への寄付金控除の領収書、具体的には「国境なき医師団」の領収書だけが紙で残った。私にとって必要な確定申告の大半は電子申請できるようになった。

頁をめくる音で息をする

オフィスの机の上にある書類やら備品やらがとっ散らかった雑踏の中に 読みかけのまま の状態の本をみつけた。ちょうど2時間ほど時間を持て余していて、その隙間時間によいタイミングに現れた。まさにこの日の、この時間のためにそこに佇んでいたかのよう。6割ぐらいは読み終えていたからちょうど2時間弱で読み終えた。端的に言って本書は興味深い読みものに感じる。

「ひととの繋がりを生む町の本屋さん」というのを見かけるたびに、自分は人と繋がりたくないから本を読んでいたのかもしれないと思う。生きていればいくらでも繋がりがあるのに、どうして本の世界でも繋がらないといけないのだろう。そうとはいえ、古本屋を続けて来て、一枚手ぬぐいを作れるぐらいには無数の糸ができている。ひとりになりたかったのに、ひとりでは生きてはいけないことを知る。

この表現は私の最近の心境と、とてもよく似ている。嘘と欺瞞だらけの組織や煩わしい人間関係に愛想を尽かして、起業した頃、ひとりでひっそりと自分の仕事だけをしていこうと考えていた。そして、実際にそれに近いことを1-2年やってみて それではうまくいかない ことを知った。

著者は文学を学んでいた方なので本書では詩をたくさん紹介している。多くの人は人生において詩を読む時間は少ない。私も学生の頃の授業以外で詩をほとんど読んだことはないと思うし、詩を読んでもあまりピンとこないことが多い。しかし、人生において詩を読む機会は何度かあるのだろうなとは思う。それは人生がうまくいっていないときだと思う。

  • 何ものにもなれない自分を実感したとき、なにかしらの詩を読んで思うところがあるかもしれない
  • 起業して失敗して、なんだかよくわからない手応えのとき、なにかしらの詩を読んで思うところがあるかもしれない
  • 昔のように一心不乱に集中した開発はできないことはわかっているのに惰性で開発を続けているとき、なにかしらの詩を読んで思うところがあるかもしれない

本書を読んでいると、なぜ人は詩を読むのかの根源を探す旅に出掛けるような気がしてくる。

運動と食事と代謝をあげること

2時に寝て6時半に起きた。今日も途中で起きずよく眠れた。運動と睡眠は相関関係があるのかもしれない。

今日の運動はレッグレイズ(椅子),腹筋ローラーをした。統計を 運動の記録 にまとめる。

格闘家に学ぶ体脂肪コントロール―なぜ、格闘家は3時間で3キロ体重を落とせるのか?

せっかく運動の習慣がついてきたのでこの機会に体重を落とす。1月21日に測った体重が91.6kg、体脂肪率が27.8だった。今朝の体重は87.4kg、体脂肪率が24.9だった。14日で体重が4.2kg、体脂肪率が2.9減った。人生史上もっとも太っているのがいまだったのでちょっと運動して、ちょっと食べものを改善すれば体重や体脂肪率も大きく落ちる。恒常性ないしホメオスターシス という人体の現象があって、5%程度の体重が落ちると身体は現状を維持しようと脂肪を温存したり、食べたものから最大限の栄養を吸収しようとしたりすることがあって1ヶ月程度、体重が落ちないといったことは普通らしい。90 * 0.05 = 4.5kg なのでそろそろ体重が落ちにくくなる時期かもしれない。

過去に 軽度肥満の私をたった 3 ヶ月で 13.3kg 痩せさせた 5 つの方法と 3 冊の本 を読んで「格闘家に学ぶ体脂肪コントロール―なぜ、格闘家は3時間で3キロ体重を落とせるのか?」という本を購入した。当時 (2009年頃) も本書を読みながら体脂肪コントロールのようなことをして、うまくいったような記憶がある。具体的にどういう成果だったのかはもう覚えていない。ただ本書がとてもよかったという印象だけ覚えていた。

ちなみに、炭水化物をなるべく食べるよう勧めているダイエット本に初めて出会いました。

本書の特徴としてはカラダの 代謝 をあげることで効率よく脂肪を燃焼することを提案している。炭水化物を抜くとカラダは飢餓状態だと勘違いして脂肪をなるべく温存しようと筋肉を先に分解してしまうらしい。代謝をあげるという視点から炭水化物を抜くというダイエットのやり方はよくないと説いている。この代謝をあげるという概念は、日常生活を大きく変えることもなく、根性や意志の力で激しい運動をする必要もなく、ちょっと意識や行動を変えるだけで日々の生活のエネルギーをたくさん消費させるよう、カラダに働きかける。私のような、人間が弱い人に向いた方法だと思う。

本書の中で疲労は代謝を下げてしまうため、疲労を回復するためにストレッチを長くしようと提案している。トレーナーさんも筋トレした後にストレッチをした方がよいとアドバイスしてくれていた。Dr.stretch さんに通い始めて3年ぐらい経つと思うが、物理的な身体の疲労でしんどいと感じたことは通い始めてから1度もない。ストレッチは疲労回復に大きな効果があることを経験則からも学んでいる。筋トレした後や散歩してきた後に代謝をあげるための手段としてストレッチを取り入れていこうと思う。

今日は本書をまた読み直して、日々の生活で意識付けするための要項を upnote のノートに書いて整理してみた。1つハッとしたことに徒歩は有酸素運動にとてもよいと書いてあったところ。

  • 有酸素運動を週に200分行うことを目標にする
    • 1日平均30分程度
    • 徒歩15分の道のりを往復する程度でよい

コロナ禍でリモートワークになって太った人が私も含めて、周りではたくさんいた。本書の著者が提案している週に200分の有酸素運動って、大半の人が通勤でカバーできる運動量であることにいま気付いた。「通勤」が代謝をあげるための最低限の有酸素運動だったんだと、いまさらながら気付いたのが今日の発見。

読み直して、私にとっての 重要なところをノートのまとめた

経営の価値観にもの思い

2時に寝て途中起きて7時半に起きた。久しぶりによく眠れた。

今日の筋トレは腹筋:10x2,腕立て:10x1,スクワット15x1をした。

経営の価値観と財務

年末から読み進めて 昨日読み終えた本 の書評を書いた。こういったアウトプットをすることで学びを強化できるし、忘れてしまったときにまた自分の記事を読み返すこともできる。南原さんの経営の価値観に共感するところも多かった。

以前読んだ 貧乏はお金持ち にも書いてあったことだけれども、会社の資金繰りが厳しくなって、いざお金を借りようと思ったときに返済実績がないと借りられないことがあると書いてあった。余裕のあるときに借りて返済したという融資実績を作ることは会社の信用において意味があることだという。南原さんも同じことを指摘していて、その融資を受ける上で事業計画書が大事だという。これまで事業計画書を作るという考えが私にはなかったが、融資を受けるタイミングで試しに作ってみて外部の人たちが私の作った事業計画に対してどういった評価をするかで、やりたい事業の客観的な評価をするのもよさそうだと思い始めた。

2024年度中には投資フェーズに入り、その時点がもっともうちの会社の財務諸表の見栄えがよいと想定される。そのタイミングで事業計画書を作り、この先の5年程度の財務の安定化を図るというのも戦略の1つとして構想を進めていこうと思う。

年末の読書

1時には寝ようとしていたが、飲み過ぎで気分が悪くてあまり眠れなかった。気付いたら7時ぐらいになっていて、今日はもうしんどいと思ってそのまま寝ていたら9時45分にストレッチに出掛けるアラームで起きた。アラーム設定していなかったらドタキャンしていた。危ない。

ストレッチ

急いで準備して行ったわりにはなんとか間に合って普通にストレッチを受けてきた。今週はほぼ休みに入っていてあまりお仕事していないこともあってとくに負荷がかかっているわけでもないように考えていたが、座って作業していることに変わりはないことから太ももの後ろの筋だけはいつも通りに張りがあった。今日の開脚幅は開始前152cmで、ストレッチ後156cmだった。

トレーナーさんが年明けに全社集会のようなイベントがあって、全国からそれぞれの店舗の社員さんが東京に集まるという。そこまでは普通だとして、そのときに社員同士の懇親のための催しでけん玉とルービックキューブとクイズ大会をやるという。それを聞いて「私だったら会社辞めるわ」とか冗談を言いながら、やるとしてもいまどきのゲームとか、フットサルとか、もっと若い人が身近に楽しめるものにしたらいいのにと返した。トレーナーさんも誰がどういう背景でこんな企画をしているのか、まったく分からないと言う。過去に働いていた会社でも似たようなことがあったなと私も過去を思い出しながら聞いていた。

「絶対無理」なんて「絶対」ない!

たまたま知った 南原竜樹さん のその後に影響を受けて著書を買っていた。最近の amazon の配送日時はまったく当てにならず、年明けに届く予定が2日後に郵便ポストに入っていたりする。受け取りが必要ないものは早い分には困らない。たまたま手に取ったので読み始めた。本書は2012年2月に出版されている。すでに10年以上が経過している。そんな本を買って役に立つのかと訝しむ人も多いと思う。

私自身、自分で経営をやってきて、これまで身近に聞いてきた経営者の言葉でよくわかるようになったことがある。経営とは基本的な作法や論理を整えたらあとはその経営者の価値観でしかないのだ。その価値観が時代にあう・あわない、ビジネスモデルとして表現できるかどうか、世の中の役に立つかどうかは多くのケースでやってみないとわからない。他者の経営を学ぶことは、自身の価値観に近いものがあれば参考にしたり取り入れたりすればよいし、そうじゃなければ、自分の価値観とは違うがそういう考え方もあるのかと見識を広めるために使えばよいのだと思う。経営者がどういう価値観をもって経営するかがその会社の独自性や差別化につながる。したがって南原さんの価値観を学ぶには古い本でもよいだろうと考えた。

その冒頭で出版業界が斜陽なのであえて出版社を作るということに挑戦している。ATパブリケーション という会社になる。本書もこの会社から出版されている。ググると当時の記事もみつかる。

どうやら企業サイトがリンク切れしているのでもう存在していないのかもしれない。PR TIMES も2015年を最後にプレスリリースが途絶えている。

この会社のビジネスはうまくいかなかったのかもしれない。しかし、それは結果であって、経営の価値観とはあまり関係がない。年末に読み進めてみようと思う。

エッセイと世界観

0時に寝て2時半に起きて4時に起きて7時に起きた。昨日は本を読みながらいろいろ考えていた。

頁をめくる音で息をする

先日の オンラインイベント でいとうさんに教えてもらった 頁をめくる音で息をする を読んでいる。ジャンルで言えばエッセイになる。著者の日常や日々の所感などを綴っている。Paul Graham 以外であまり読んだ記憶がないぐらい、私にとってエッセイという読みものは珍しい組み合わせになる。私がいま日々書いている日記も、ちょっと技巧を凝らしたり、お洒落な文章に変えてみたらエッセイにならないだろうか?と考えてみる。

この日記は「書くこと」を目的としているものの、ここで書き溜めたものは将来の自分を助けるコンテンツになることを確信している。それは過去の私が書いたコンテンツがいまの私を助けているし、書き溜めたコンテンツを評価してくれるサイト、例えば LAPRAS スコア をみると、高い評価値になっていたりする。いまのところ、このスコアを何かに使っているわけではないが、15年以上も書いてきたコンテンツはそう簡単に真似できるものではないし、一朝一夕で身につくスキルでもない。

過去にある会社のトライアルを受けたとき、ある技術の調査結果を wiki にまとめたところ「長文がちゃんと書ける」という評価をその会社の CTO から受けたことがあった。私はきょとんとして「そんなの開発者なら誰でも書けるでしょ?」と感想を述べたところ「いや、そうでもない。」と返ってきて、それから私もちゃんと考えてみたところ、言語能力を高めやすいプログラマーであってもちゃんとした文章を書けるのは全体の半分ぐらいしかいないことに気付いた。文章を書く練習をしない生活を何年も続けていると、驚くほど文章を書くスキルを退化させてしまうことに意識的に気付いていない人も多い。「本気出せば書ける」と思っている人ほど、その自信以上に文章を書けないことに気付いていない。

閑話休題。本書を読んでいると、日々のたわいもないエッセイがまったく無駄ではないことを伺える。それは本書そのものが売りもののコンテンツとして値段がついていて、私がそれを買っていて、ふわっと読み進めながら自分なりに消化して思うことがいくつかあるからだ。いくつか思いついたことをアイディアそのままに書く。

中原中也がいい

いま 山羊の歌 をぱっと眺めるだけでもその天性を伺える。詩の冒頭を読むだけでもなにか違うと思わせる。著者は学生時代に中原中也を研究していたらしく、中也の作品には死を歌ったものが多くあるという。本書でもいくつか詩の引用がある。中也は ダダイズム と呼ばれる思想に影響を受けているらしい。

トタンがセンベイ食べて
春の日の夕暮は穏かです
幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました
丘々は、胸に手を当て
退けり。
私の聖母 (サンタ・マリヤ)!
  とにかく私は血を吐いた! ……
汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる

よく技術書などで章節の初めに著名人の言葉を引用していたりする。日本人なら過去の文学者の詩を引用するというのもよさそうな気がした。

エッセイを配布する

一昔前は本という成果物をつくるのが大変な労力を伴うものだった。しかし、現代は文章は電子データでインターネット経由でダウンロードできる。日記を書き溜め、お気に入りの内容を脚色して、メッセージや想いをのせたものをエッセイ本としてつくってみるのもおもしろいかもしれないと、本書を読んで思うようになった。それはエッセイの中で著者の人となりや考えを知るきっかけになる。それを誰かに読んでもらうためというよりは、自分がどういった考えで日々の創作をしているかというのを歴史のように残すという意味合いが強い。例えば、年単位で整理して残しておく。おそらくはそれがまた将来の自分を助ける日がくるような気がする。もしうちの会社に関心をもつ人が出てくれば、電子データは自由にダウンロードして読めばいいし、何冊か紙の本に装丁してノベリティにしてもよい。

エッセイがその人の世界観を表す

本書を読んでいて著者の世界観が本書から伝わってくる。いや、ちょっとそれは言い過ぎでそんな大層なものでもない。著者は仕入元やお客さんとやり取りしながら本を扱うというスタイルを好んでいるようにみえる。ただ本を売り買いしてお金を稼ぐことをよしとしていない。もちろん生活費は必要だから売れてもらわないと困るという文章もちらほらあるが、それ以上に本に関わる人たちとのエピソードを紹介してこんなやり取りがあって嬉しかったということが綴られている。なんとなく私も共感することだが、大きいプロダクトの、大多数の利用者がいるプロジェクトほど、個々の利用者と接する機会や意見をやり取りする機会は少ない。多くの人に影響を与えているはずなのにその実感の乏しい労働体験になる。ただの数字でしかない。少ない関係者が関わるお仕事の方が世の中の役に立っている実感は大きい。

イスラエルとハマスの戦争 以来、ずっと考えていた (というほどでもないが) ことの1つに世界観を共有することの難しさがある。おそらく人類のうち戦争を望む人はほとんどいないはずだが、自分たちと住んでいる世界とは異なる世界の思想、価値観、秩序、経済、宗教といった世界観を共有できないばかりに争うことが絶えない。こんな大きな話しをしなくても、身近な周りの人たちとでも自分とは違う価値観をどうやって知り、どのような理解を示すことができるだろうか。エッセイは他者の世界観を表す1つの手段になりそうに思えた。

読んだり書いたり

0時に寝て何度か起きて8時半に起きた。もう熱もおさまって平時に戻った感じ。今月の請求書を作ったり、ネットの記事を読んだり、のんびりしていた。

頁をめくる音で息をする

いとうさんに教えてもらった本 を読み始めた。「見えない手」というタイトルのエッセイで、妙見幸子さんという、生まれながら脳性マヒの障害をもっていて、四肢が不自由な方が書いた詩集にまつわるエピソードが書いてあった。

いい詩とは何かという話をお客さんと時々する。そのたびに僕は悩みながらこう答える。それは「切実さと誠実さ」なのではないかと。それを語らざるを得なかった詩人の切実さと、言葉に対する、あるいはその詩を手にする人びとへの誠実さ。

見えない手

詩集に限らず、どんな商品でも事業でも「切実さと誠実さ」を併せ持つようなモノに出会うことは滅多にない。読んでいて、そういうモノに出会えることそのものが幸せに思えた。こういう文章をさらっと書ける人の頭のよさとか、語彙の豊富さとかがうらやましい。

はてな匿名ダイアリーの書き方

はてな匿名ダイアリーの書き方 がいくつも投稿されるぐらい、ui がわかりにくい。匿名なのにログインしないといけないというアクションがそもそも相反する概念でわかりにくい。ログインすると、自分のアカウントの日記のように管理される。この時点で本当に匿名なんやろか?と不安にもなる。どうやらログインしたら自分の書いた匿名ダイアリーを管理できるようになっている。

はてな匿名ダイアリー > xxx の日記

はてな匿名ダイアリーのヘルプ もこれだけ。おそらく古いダイアリーのプロダクトだから記法に markdown も使えない。匿名ダイアリーがはてな社にとってどういったプロダクトかは知らないけど、明らかに保守されていないようなことがわかってしまうのは印象が悪いなと思えた。別に匿名ダイアリーを書く気はなかったんだけど、よい機会なので既存の記事に言及したり、自分で新規の記事を書いたりしてみた。記事を書く ui 体験はよくない。

非日常を提供するという価値

1時半に寝て3時に起きてもう1回起きて6時半に起きた。

interface はデシリアライズできない

昨日の続き 。rbac なライブラリを使ってアプリケーションを実装していく。ログイン時にユーザーにロールを割り当ててセッションにロールを保持するのが都合よさそうに思えた。ロールの実装で一部の型は interface にして後から拡張できるような設計にしていた。例えば encoding/json ライブラリだと、Marshaler/Unmarshaler の interface を満たすことで任意の json のシリアライズ/デシリアライズをフックできる。調べたり、実際に動かしていていて気付いたのだけど、interface の場合はシリアライズは任意にできるけど、デシリアライズはできない。当たり前と言えば当たり前だが、interface を満たす複数の型がある中で json ライブラリがどの型でデシリアライズしていいか判別できないからだ。当初の interface を用いた設計が誤りだったことに気付いて、一部の型を汎用の構造体で設計し直すようなことをしていた。

またデシリアライズするときに一部の値を初期化したいといった要件がある。例えば mutex を初期化したい。このときに処理の内部で派生型を宣言して、それにキャストした上でデシリアライズの処理を実行した上で差分の処理を実装するというテクニックを学んだ。スコープが限定されて、コードがシンプルになって保守性も高い、久しぶりに頭のよいスマートなコードをみた。

func (r *Role) UnmarshalJSON(b []byte) error {
	type Alias Role
	if err := json.Unmarshal(b, (*Alias)(r)); err != nil {
		return err
	}
	r.mu = &sync.Mutex{}
	return nil
}

コワーキングのオンラインイベント

月例のカフーツさんのオンラインイベントに参加した。前回の所感はここ 。今日は参加者が2人だけだった。コワーキングスペースを運営するコワーキングスペースマネージャーの連携を強化することで、コワーキングスペースの付加価値が上がったりしないか?といった内容を話したりしていた。コワーキングスペースマネージャーは、普通はお仕事で自分のコワーキングスペースにいないといけないから、なかなか他所のコワーキングスペースへ訪問すること自体が難しい。コワーキングスペース同士の連携により、お仕事でコワーキングスペースマネージャーが自分ところのコワーキングスペースの利用者を連れて、他所のコワーキングスペースへ訪問して、そこでイベントをしたりすればいいんじゃないかという案が出た。

いとうさんがよく コワーキングツアー と称して、全国各地のコワーキングスペースへ訪問して、そこでイベント開催をしたり、その地域の取り組みなどを紹介したりしている。それと全く同じことを、コワーキングスペースの利用者に対してもその付加価値というのはあるかもしれないと私もよいアイディアだと思った。例えば、大阪のコワーキングスペースの利用者を広島へ連れていって、そこでイベントやって交流する。その逆も然り。通常のコワーキングスペースの利用者は自ら広島のコワーキングスペースへ行ってコラボレーションを行ったりしない。いや、いとうさんみたいに自らやる人もいるんだけど、そんな人は対象の利用者ではない。自分からは行かないが、誘われたら行ってもいいかなと考える人 (私もそんな1人だ) を移動させることで、新しい価値やアイディアが生まれるかもしれないと思える。私もいまはフルタイムのお仕事があるから自由に移動はできないが、いずれ会社の投資期間に入って、自分でスケジュールを決められる状況になれば、コワーキングツアーにも出掛けてみようと思う。

あと勉強会やイベント以外でコワーキングスペースで出来ることはないか?という話題でも盛り上がった。私は主催者の準備が大変だと出来ないから、主催者のコストが低いものという視点から考えて猫コワーキングがいいんじゃないかと提案してみた。ある週だけコワーキングスペースに猫が10匹ぐらいいますといった取り組み。課題は猫をどこから連れてくるかだけだが、そういう機会があれば確かに私も行ってみたい。そのアイディアの発散で非日常の体験ができるような取り組みがよいんじゃないかとまとめられていた。

  • 猫コワーキング (猫がたくさんいる)
  • 深夜コワーキング (深夜に開いている)

深夜コワーキングスペースのモデルとなる 弐拾dB さんというコワーキングスペースが広島の尾道にあるらしい。23-翌5時という営業時間だという。いとうさんが絶賛していたのでおもしろいオーナーが運営されているのだと思う。そのオーナーが執筆したエッセイの 頁をめくる音で息をする を購入してみた。

qa と最初のキャリア

0時に寝て何度か起きて6時に起きた。1-2週間前に2年ほどやっていたドラクエタクトをやめた。飽きたのか自然ともういいかって感じでやめられた。それ以来、家に帰ってからゆっくり休む時間が増えた気がする。

qa という業務の懐の広さ

先週の水曜日から qa テストに移行している。スケジュールとしてはこのために1ヶ月を確保している。おそらくもう少し早く終えられるんじゃないかという気はしている。早く終われば次の開発の計画づくりを前倒しにすればよいのでそれは構わない。私は先週から残タスクのリファクタリングが終わりきらなかったのでややバタバタしていたが、メンバーはテストに専念してテスト環境で動かして意図しない振る舞いを issue 登録したり、直感とは反する振る舞いを issue 登録したりしている。

新人さんや、未経験だけと開発者になりたいとジョブチェンジする人たち向けに、最初のキャリアとしてテスターや qa をするのがよいのではないかと私は考えている。きっかけは More Joel on Software に、テクニカルサポートは開発者を配置する必要があると書いてあった。しかし、テクニカルサポートだとスキルを身につけると持て余してしまうため、その業務ためのキャリアパスを考えないといけないと書いてあった。まったく同感だ。私がお手伝いしたある会社でもテクニカルサポートは1-2年で辞めているのを見聞きした。みんな開発したいからね。

(おまけ) カスタマーサービスの人たちのためのキャリアパスを用意する

  • テクニカルサポートにはデバッグ能力を要求するため、資質の高い人を配置する必要がある

More Joel on Software

新卒以外の採用ルートで未経験から開発者になるのは、いまは相当に難しいと思う。そんな人たちがキャリアアップするための試金石としてテスターがよいと思う。重要なお仕事だし、テストツールをプログラミングすることで開発者になるための準備期間 (学習) にもあてられる。システムの振る舞いや知識もテストを通して身につけられる。このお仕事を2-3年務められて、プログラミングも少し理解できるようになって、それでも開発者になりたいという意志があるなら開発者にステップアップすればよい。適正があるかどうかわからない状態で開発者を始めるよりも、ゆっくり学んでいけるのでうまくいくのではないか?と思ったりする。うちの会社はまだ社員を雇う余裕がないので私の持論の検証はできないが、どこかの会社でやってみてほしい。

久しぶりの書評

1時に寝て夜に起きて吐いてあまりうまく眠れなかった。たまにそういうことある。今日はコードレビュー対応とコードレビューと会議の進め方のルールを作ったりしていた。

能―650年続いた仕掛けとは―

日曜日の夜から書き始め、月曜日はレイオフのニュースを読んでだらだらして、ようやく 能―650年続いた仕掛けとは― の書評を書き終えた。ほとんど本からの引用なのに時間がかかったのは私が内容を深く理解できていないのでなんども本を読み返しながら間違いのないように注意して書いていたから。前に書いてから約5ヶ月経っていた。

能と妄想力

22時に寝て何度か起きて7時に起きた。朝から雨降りで、お昼頃に緊急警報で高齢者は避難しろとか防災通知がたくさん来ていた。お昼は雨が強かったのでお昼ご飯を食べずにお仕事していた。前日の続きで go-ldap の調査とコードレビュー対応とコードレビューをして勉強会に参加したらいい時間帯になって業務を終了した。

能―650年続いた仕掛けとは―

能―650年続いた仕掛けとは― を読んでいる続き。一通り読み終えた。著者の見解に100%同意できるわけではないが、能を知るための入門本として読みやすく、歴史の流れも学べておもしろい構成になっていると思う。後日、総括する。

第六章 能は漱石と芭蕉をこんなに変えた

松尾芭蕉が能の謡から大きな影響を受けていることは 別の本 も購入しているのでそちらで触れる。著者は芭蕉が旅に出た目的の1つとして鎮魂をあげている。能が江戸幕府を始め、それまでの室町幕府や戦国武将にも庇護をうけた背景として死者の、とくに敗者の鎮魂をあげている。というのは、当時の権力者は死者の怨霊が祟るということを怖れていたと考えられる。

夏目漱石やその周辺の交友関係において能に造詣が深かったという。漱石自身も能の稽古を積んでいたという。著者によると、草枕 の冒頭に出てくるこの文章には能の影響がみられ、草枕全体が夢幻能の構造になっており、ワキがみる夢の世界さながらだという。

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

草枕

著者は草枕が、晩年に漱石が残した則天去私という言葉の原型ではないかと考察している。

第七章 能は妄想力をつくってきた

能はそのシンプルさゆえに観る人の妄想力を必要とする。それが人によって様々な見方をもたらし、観る人を楽しませているという。したがって能を楽しむには一定の教養を必要とし、和歌、能、俳句、地理といった知識を要求する。その妄想力を象徴しているのが能の舞台であるという。能の舞台は背景に松の絵があるだけ。みえないものをみるには背景は単純なものがいい。そして、謡の存在も妄想力を促進する上で大きいという。

能にハマる人は幻視や幻聴を体験するという。著者は能を脳内で行う AR/VR のようなものだと書いている。能は消費の対象には適していないと著者も述べている。能を深く味わうには、能を観るだけでなく、能と共に生きる心構えを提案している。つまり、謡や仕舞などの能を稽古をして能を鑑賞するのがもっとも能を楽しむ方法だという。

第八章 能を知るとこんなにいいことがある

この章は著者の経験による、能をしているとこんなよいことがあるよと説いている。

  • 健康になる
  • 集中力を養う
  • ストレスをはね返す
  • 無言で相手に気持ちを伝える
  • 陰陽を整えられる
  • いい声を出せるようになる

能を大成した世阿弥の考え方には禅に通じるものもあり、能そのものが体を無理なく動かす運動でもあり、それを継続することで身体や精神によい影響が出ることは理にも適っている。これらの効果の真偽はともかく、好きなことを無理なく継続していることは人生においてよさそうに私にも思えた。