1時過ぎに寝て4時に起きて7時に起きて8時に起きた。夜更ししてネットをみてて寝坊した。先週に引き続き、いくつかリファクタリングしつつ、午後からはコードレビューして、それが終わったからまたコードを書いてた。

正義の追及

もう何年も前から twitter はやめようと考えながら、なんかだらだら続けてきていた。イーロンマスクが買収して、課金しないと機能がなくなったり、利用者も減ったりしていて、私もよいタイミングだと twitter をやめることにした。本当はアカウントをアーカイブモードのように凍結できればよいが、それは故人向けにしか提供していないみたいなのでアカウントを削除するといったことはしていない。というのは、削除すると一定期間を経て他人が同じ id でアカウントを作れるそうなので、なんとなくそれは嫌だなと思ってアカウントだけは残している。

たまたまあるイベントで、運営側の不手際で参加者のプライバシー侵害になるかもしれないといったトラブルが起きたらしい。起きてしまったものは仕方ないが、その不手際に気付いた人が sns (x) で大げさに拡散して、衆知の知るところになって、実被害や問題の大小とは関係なく、そういった不手際があったことがことさら悪いことかのように、また運営の対応も悪かったかのように、(おそらく) 実被害もないのに大きな問題であるかのように喧伝されてしまった。少なくとも運営が対応して以降は被害が出ないことから、それ以上の言及については本人の承認欲求でやっているようにしかみえなかった。醜かった。

昔からインターネット上でのトラブルというのはあったけれど、sns は数の暴力が強過ぎるように数年間から感じるようになった。とくに正義の力が強過ぎる。一見それはよいことのように思えるが、正義が現実や事実ではない場面もあるかもしれない。今回もなんらかの実被害や迷惑を被ったという話しはいまのところ1つも見聞きしていない。それに対して、自分たちの主張が正しいからと言って、運営を強く非難するような多くの人からの言動というのはやり過ぎにみえた。sns 上での流布の速度が速過ぎるせいで組織の対応は追いつかない。私は組織の人たちをよく知っているので、待っていれば然るべき謝罪や声明が出ることを信頼できる。この信頼がない人たちにとって、いま起こっている炎上に対して組織が即時で対応しないと、組織の怠慢や隠蔽を疑う声がちらほら上がっていた。sns の速さに人間が慣れてしまったのだろう。信頼がない人にとっては悪意のある組織かもしれないと疑って予防的に慎重にコメントするのも仕方ないのかもしれない。しかし、それが問題をより分かりにくく複雑にしてしまう遠因にもなっているように思えた。