2時に寝て7時半に起きた。昨日もWBCをみてから晩ご飯を食べて軽く作業してそのまま寝た。

伴奏

ここ2-3日若いメンバーの開発をサポートしている。

「◯◯ができません」

私が5分ほどでググってできそうなドキュメントや so をみつけてリンクを貼る。

「できました。」

みたいなやり取りを何度かした。大して難しくない処理を実装できないのは公式ドキュメントをちゃんと読んでいないのと、インターネットの検索方法を習得していないように私からはみえる。一度、定例会議のときに google の言語設定を英語にした方がよい。日本のキュレーションサイトの記事の品質は低いからと伝えたが、まだそれを実践しているようにはみえない。いまや英語は deepl で翻訳すれば大半を斜め読みできる。私も deepl で読んでいると教えたりしているのだけど、日本語の記事しか検索していないから未知のことをできないとなってしまう。

チャットで困っていることや問題点を整理したり、どういう視点で調べていくかをやり取りしながら本人が理解して作業できるようにサポートしている。私がやれば10分で終わるようなことを2時間ぐらいかけてチャットしている。それで昼間は自分のお仕事をやらずチャットの話し相手を務めている。誰もが最初は初心者なのでそういう時期はある。以前は質問すらできていなかったところを、あれができないとか、これがわからないとか質問できるようになったというのは成長したと受け取れる。わからないことを説明してもらうことで、私も相手のことを理解できて適切な指示や指導ができる。その過程でプログラミングの理解度も測れるので issue をアサインするときの参考にもなる。

曖昧なことをチャットで聞くのは効率が悪いから、口頭であれこれ質問してくれるようになるのがこの次のステップかな。以前と比べて質問してくれるようになったので信頼関係は少しずつ構築できてきつつあるのかもしれない。

昔の自分といまの自分

既存のある java のコードを読んでいて、私の中ではワーストから数えた方が早いほどのひどいコードをみている。java の言語仕様もプログラミングもどちらもよくわかっていない人がキュレーションサイトにあるような記事を読んで動くように作ったようなツールにみえる。アリエルを辞めてからいくつかの会社で働いてきて java のコードも読み書きしてきた。これまでの経験からその職場での java のコードは品質が高かったし、私もその影響で java の設計やアーキテクチャにも関心をもつようになった。私は未熟なので人並み程度のプログラミングしかできないが、そのスキルを底上げしてもらったのはその職場での3年間の java 開発といえる。私にとっての普通が当時の開発体験やチームの同僚になったことでそれ以降に出会った開発者の大半はスキルが低いようにみえてしまう。そして、その後に私がどんなプロダクトを開発しても決して当時の先輩方に敵うことはないと慢心することもない。だからプロダクトの開発を終えて、組織の方向性にあわなければすぐに辞めることもできた。

いま私がメンバーに教えていることも、メンバーからみたら少し厳しくみえるかもしれない。私にとって先人のような偉大な開発者に自分もなれるんやろか?とか思いながらマネジメントをしていたりする。今週はとくに18時にホテル戻って2-3時間寝て22時頃から2-3時間コードを書いたりしていた。当時の上長もよくそうやって開発していた。当時の私はよく働いたが、そんな私からみてもその上長もよく働いていた。そして上長の生産性は私よりも数倍高かった。お互いに課題管理システム上にいることはわかっていたし、夜中の1時頃にチケット上でやり取りすることもあった。私もいま当時の上長と同じようなことをやっているなと感慨に浸りながら夜中にコードを書いていた。うちのチームのメンバーは誰も夜中に開発していないことだけが当時とは違うことにも気付いた。