昨日は寒さに耐えかねて今冬で初めて暖房を入れて寝た。お腹を冷やさなかったので効果はあったように思う。寒過ぎる。22時頃から寝て2時に起きて5時ぐらいまでだらだらして7時に起きた。最近気になるのは寝ていたら吐き気がして苦しむ日が多い。朝と昼は平気なのに眠るのが大変。

ストレッチ

今日の開脚幅は開始前153cmで、ストレッチ後156cmだった。やはり先週とほぼ変わらず。急に寒くなって体調を落としているのもある。筋肉の状態も右太もも周りの張りや違和感と右腰の張りが依然として強い。よい・わるいで言ったら明らかに状態はわるい。今週はそんなにハードには働いていないし早く帰って休む時間も多めに取ろうと努めたものの、夜に吐き気で眠れないという苦しみがそのまま筋肉に表れているのではないかとすら思えてくる。それぐらい眠れない。歳とるとそんなもんなのかなぁ。

フリーランス、40歳の壁

はらさんがお勧めしていたので フリーランス、40歳の壁 を読み始めた。「序章 フリーランスは自由という名の業である。」を読んだ。

本書で取り扱う「自由業」は、著述作家業を中心とした「表現業者」のことです。

プログラマーは「モノ作り」よりも「モノ書き」に近いという言葉もあるように、大きな枠組みでは表現と呼べるかもしれないけど、どうやら本書の著者はフリーライターという職業らしい。

自由業者には2種類あると思います。 自由業に「なる」人と、「ならざるを得ない」人 です。

前者は会社員をやりながら余暇で作品を創り、十分な経験を積んでフリーになる人。後者は、さしたる経験も実績もなくフリーに「なってしまう」人。

序章を読み始めた冒頭では私は自由業にならざるを得ない方の人かなと思って読み進めていた。しかし、序章全体を読み終えると、普通の会社勤めの働き方にあわせられない人を「ならざるを得ない」人と表現しているようにみえる。そこまでのアンマッチはないという視点から言うと、私は前者になってしまう。けれども、なにか引っ掛かっているところもある。40歳のとき働いていた会社で早期退職制度が設けられ、私も50歳になったらそれで辞めてくださいと言われる未来がリアルにみえた。周りに疎まれながら会社にしがみついて養ってもらうといった生き方は私には向いていない気がする。それはプライドがどうこうではなく、私にとってそんな人生を楽しめるようには思えなかった。だから私は辞めるしかなかったし、自分で仕事を創っていくしかないと決めた。もちろん社会人として20年ほど働いた実績はあったけれど、会社経営の経験はなかったし、会社をやっていく展望も準備もなにもなかった。まさに無計画にいきなりフリーにならざるを得なかったという表現が腑に落ちた。

私は、なんとなくなれてしまう自由業者は気楽な仕事、と言いたいのではありません。その反対で、こういう人は年とともに「壁」にぶつかる率が高いと言いたいのです。30歳・40歳・50歳の節目ごとに壁は襲ってきます。10年経るごとに、壁は大きく、厚くなります。それでも人間は生きていかねばなりません。

50歳という節目に私はどんなお仕事をしているのか、現時点ではまったく想像がつかない。一方で著者は自由業にならざるを得なかった人には大きな壁があると説いている。はらさんと話していても50代は単価を下げられるという話しはよく聞く。今後の働き方への戒めとして読んでおくのもよさそうに思える。