Posts for: #2022/12

紅白歌合戦

1時に寝て5時に起きて朝ご飯を食べてからまた寝て8時ぐらいに起きた。親が4時ぐらい起きて作業しているから変な生活になっている。テレビみながら家の用事をしながらだらだら過ごしていた。例年なら今日のお昼ぐらいから実家へ帰ってきて、夕方から高校の友だちの家へ行って麻雀しているところだが、今年は集まりが悪くうちも葬儀があったので中止した。

紅白歌合戦

とくに意味もなく、親がみてたから数年ぶりに紅白歌合戦をみた。若いアーティストと年配のアーティストをバランスよく出演しているようにみえた。私が若い頃に聞いていたアーティストもいまや50-60歳ぐらいになる。いま紅白歌合戦をみると、年配のアーティストの方が私のよく知っているアーティストになる。

YOSHIKI が復活した THE LAST ROCKSTARS をみて驚いた。全然知らんかった。最近はピアノを弾く YOSHIKI のイメージがある。紅白歌合戦でも最初はピアノを弾いてて途中からドラムに変わってた。久しぶりにドラムを叩く YOSHIKI をみてちょっと嬉しかった。あとウタがグラフィック出演していて仮想と現実の融合みたいな取り組みをしているのもよかったと思う。これを歌っているのは「うっせぇわ」の人なんやね。

もう1つ思い出した。Aimer が紅白歌合戦に出ていた。どんな人か知らなかったので初めて歌っているところをみた。残響散歌そのものは鬼滅の刃のアニメをみていたから知っていたけど、歌っているのが Aimer だというのは気付いてなかった。改めて聞くと Aimer らしい特徴もあって、初見で気付かなかったのは新しいアレンジに挑戦していたりもするせいなのだろうとか思っていた。

お仕事戻し

お仕事戻し

0時に寝て5時に起きた。昨日も疲れていたのか、不思議とよく眠れた。

年末のお仕事戻し

朝から近所のマクドナルドへ。今週は月・火とお休みしたため、いつも火曜日に書いている週報を書いていなかった。言うても3日分の作業なのでちゃっちゃと書いて送付した。私が休んだ日の定例会議はスキップされたようでその確認はなし。その後、issue のコメントをみたり、マージリクエストのコードレビューをしたりした。メンバーが課題管理システムを使うようになっているので、私が休んでいても後で見返してコメントを返せる。非同期/テキストコミュニケーションは働く時間帯があわないときに役に立つ。そういう雰囲気を学ぶ機会になればいいかもしれない。ある文字列の変換関数に go 1.18 で追加された fuzzing テストを実装してみようというリファクタリングの issue を追加していた。

私自身、まだ自分で実装したことはなかった。fuzzing テストを実装したマージリクエストがあったのでコードレビューした。実際に実行して動いているようにはみえるが、デバッグログを出力できなくてどういった振る舞いをしているのかを確認できなかった。簡単にできるんやと思っていたら意外と難しかった。また後で自分でも実装してデバッグしてみて振る舞いを再確認する。

小さい椅子

葬儀で斎場に2泊3日過ごしたときに畳の控え室に小さい椅子が4つほど置いてあった。正座が難しいお年寄り向けだと推測する。あの控え室でその小さい椅子を最も活用していたのは私だった。地べたに座るのと小さな椅子に腰掛けるので腰の負担がこんなに違うとは思わなかった。おそらく太ったことも影響している。ラップトップでキー入力するときに正座にしろ、あぐらにしろ、どちらも長時間続けることはできなかった。この小さい椅子なら2-3時間ぐらいは平気で作業できる。気持ち程度の高さでも十分に椅子の役割を果たせるところに感心した。家用に購入して、いま小さい椅子でこの日記を書いている。

葬儀の翌日

0時に寝て5時半に起きた。たぶん何度か起きたけど、久しぶりによく眠れた。ここ2-3日ほとんど寝てなかったせいかな。

お寺で予定調整

四十九日法要 の予定を立てないといけないのでお寺へ訪問した。淡路島では真言宗の宗派が多いらしい。うちもそう。明日から7日ごとに49日までの日程がある。7日ごとに住職にお経をあげていただく。告別式に初七日をしているので1月1日の分は済みとなっている。おそらく宗派や地域によって異なると思うが、このうち、重要なのは35日と49日だという。35日に行う だんご転がし という風習は淡路島独自のものらしい。

  • 命日: 12月26日0時34分
  • 7日: 1月1日
  • 14日: 1月8日
  • 21日: 1月15日
  • 28日: 1月22日
  • 35日: 1月29日
  • 42日: 2月5日
  • 49日: 2月12日

35日は家族のみで、49日は親戚を呼び一般的な法要を行う。その他の日は親族の選択でよいという。省略可能な背景として昨今は多忙な人が多く、亡くなった人よりも生きている人の方が大事という考えからだという。母は信心深いのでなるべくお経をあげてほしいというので7日ごとに住職を招くのではないかと思う。私は35日と49日の2つに参加する。日曜日なのでお仕事に影響を与えず都合がよい。これから法事や親戚の用事などで実家に帰る機会が増えていくことになる見通し。

建具屋さん

家の玄関の鍵の調子が悪い。たまにうまくまわらないときがあって、壊れる前兆みたいな状態。ホームセンターに鍵交換してもらえないかを聞いたら作業員が徳島県にいるそうで、来てくれるかどうかすら分からないという。近所の建具屋さんに行ったら快くみてくれるという。田舎の家の困ったことは近所の建具屋さんやと理解できた。建具屋さんの主人が丁寧に応対してくれた。困ったときはここに来ようと安心できた。初めて行ったお店の、接客態度はほんと大事だと思う。その丁寧さや論理の明快さをみて私はリピーターになることを決める。論理が多少通じなくても親切だったらそれでもよい。そういう意味では人のよさや人間力は論理よりも大事なのかもしれない。翌日9時から家に来てくれて調査した上で交換用の鍵を発注してくれるという。16時に訪問して状況を説明して翌日すぐ来てくれるという対応が気に入った。

オンライン忘年会

はらさんが投稿していたのをみかけた。gather に集まってオンライン忘年会に参加した。私は葬儀があったので直近の近況報告や忘年会の予定を2つほどキャンセルしていた。葬儀も無事に終わって一息ついていたのでちょうどよかった。最大8人が参加していて、私は知らない方が多かったものの、ざっくばらんにお話しして19時から始めて22時半ぐらいまでやっていた気がする。よしださんもおられた。よしださんの近況は私の置かれた状況とも類似していて、私自身、よしださんの生活をモデルケースの1つとして参考にしている。コロナが働き方や生活スタイルに大きな変革をもたらした。3年前には想像もしなかった世の中の変化があるなぁとみんなで話したりしていた。

父の告別式と初七日

1時に寝て3時に起きた。それから家へ帰ってお風呂に入ってきた。5時頃に斎場へ戻って朝ご飯にサンドイッチとおにぎりを食べたら急に眠くなって6時から7時半まで軽く仮眠した。

告別式は10時から。親族でも9時集合であったものの、8時過ぎに親戚が2人来られた。前日に通夜のみ参加の親戚がいて、告別式に参加できない事情があるせいか、無理を通して香典を置いていった。うちは家族葬で香典を辞退するという理念で葬儀をしている。とはいえ、親戚もさまざまな考え方や事情があるので香典をどうしても送りたいという思いを遺族が断固として拒否することも実際のところ、難しい。

そういった隠れ香典が最終的に5家になった。当然、香典をいただいたらお返しをする必要がある。記事にもあるが、香典という制度を辞退する背景として次の2つのメリットがある。

  • 弔問客の経済的負担を下げる
  • 葬儀後の遺族の作業負荷を下げる

香典辞退が行われるようになってきているのは合理化といった狙いもあるのだろう。世の中の変化における効率化と慣習と文化と人の思いという、一概にこうですとはいえない、複雑な調整作業をしながらバランスをとっていく必要があるようにみえた。その後、弔問客の集まりがよかったので10時前には告別式が始まったように思う。住職がお経を読んでいる間に焼香を行い、住職の法話、喪主の挨拶と、ほぼ通夜と同じ流れで葬儀は進んでいく。

その後、棺の中に故人の物やお花を入れて出棺となる。11時頃。私は喪主なので霊柩車に乗って火葬場へ向かった。火葬場へ住職も着いてきてくれて、お経をあげていただき焼香をして最後のお別れをする。住職が要所要所でお経をあげてくれていたように思う。火葬場の装置に棺を設置して火葬のスイッチは喪主の私が押す。私はそこに躊躇はなにも感じなかったのだけど、人によってはそういった行為が苦手な人もいるらしい。

火葬場から戻ってきて、残った人たちで 精進落とし と呼ばれる会食に入る。告別式よりは参加者も減って、みんな黙々と食べてすぐに休憩に移っていった。火葬は燃やした後に冷ます時間もいるので2時間ほどかかる。たまたま斎場には別の家の告別式も開催されていて、火葬場は1つしかないので順番に行くしかない。それで少しだけ予定よりも遅れて13時過ぎから火葬場に骨を取りに行くことになった。喪主は骨壷をもって運ぶ役割となる。これはとくに骨壷をもっているだけで他の参列者とやることはほとんど変わらない。

火葬場から骨壷をもって帰ってきたら、14時からそのまま 初七日 を執り行う。住職が再登場してお経をあげていただく。昨日の通夜から告別式、火葬場、初七日と住職はお経をずっと唱え続けていて、このお仕事も大変だなと真後ろで唱える姿をみながら敬意を払ってみていた。これまでも住職の姿をみてきた機会があったにも関わらず、喪主としてより当事者の意識が高い状態でみるとまた違った趣を感じた。法要は参列者も経典を受け取って一緒に唱える。それまで眠気はなかったが、お経を一緒に唱え始めて急に眠気が襲ってきて3回ぐらい寝落ちしそうなリスクの高い状態になっていた。危うく経典を落としてカクってなるところだった。お経のリズムや単調さが眠気と相関があるように思える。お経を終えた後、住職の法話を聞く。父の入院生活にも触れながら私が聞いたことのないお話をされた。

大人が子どもの振る舞いを喜んだりする背景に、自分ができなかったことややりたかったことなどを子に託すという側面があるのではないか。

家の主が代替わりしていくことの摂理や在り方のお話だった気がする。その後に喪主の挨拶へと続く。おそらく通常の法要なら少し長い挨拶をすべきなのだろうけれど、参列者はすべて通夜からずっと参加されている人たちなので長くは話さず簡潔に終わらせた。それは私の判断で長い挨拶はやめたのだけど、おそらくそれでよかったと思う。

法要が終わった後、親戚で一緒に会食するのがこれまでの慣習だった。昨今はコロナ禍対策と家族葬という建前もあり、法要膳は基本的にお弁当を持ち帰るという制度に急速に変わりつつあるらしい。おそらく施主・参加者にとって合理的であり、且つコロナという大義名分もあるのでこの流れに抗うことはできないようにみえる。社会的な事情も含めて時代の流れと言えるように思えた。法要膳と膳先のものをお渡して斎場では14時半に解散となった。

斎場のスタッフの方に家に着いてきてもらい、祭壇の設置、提灯・カゴ、今後の供養の作法などを教えていただいた。それらが全て終わって15時半ぐらいかな。それから隣保の方々へ会葬御礼と一品つけて挨拶にまわる。これまでの慣習では葬儀の手伝いに隣保の方々が参加するところを、家族葬なのでと私がお断りを入れた。隣保もこれまでの慣習があるため、手伝うと食い下がるのだけど、お気持ちだけでとここはやや強引にお断りした。そのご挨拶も兼ねてまわってきた。言うても8軒なので小一時間で終わった。

これで一通りの葬儀の諸々は終わった。17時頃には家に帰って休むことができた。

父の通夜

私は0時ぐらいから横になっていたものの、2時に母が家に帰って4時過ぎに戻ってきたり、わりと周りでバタバタしていたのであまり寝ている雰囲気ではなかった。また3時頃に石油ファンヒーターの灯油がきれて、そこから冷え込みがずっと大きくなって、一番寒い時間帯に部屋がぐっと寒い状況になって、斎場のスタッフが帰る前に灯油を補充しておくことを学んだ。それでも5時から7時までの2時間ほどはこたつにくるまってよく眠れたと思う。2-3時間しか寝てないが、わりと1日を通して平気だった。

8時からお寺へ訪問し、住職に故人の説明を行い仏具を借りる。実は住職の父も昨日亡くなっていて、今日が告別式になる。9時をまわると告別式の準備に忙しいだろうと見通して8時から伺ってみた。快く応対してくれて8時からお茶を飲みながら故人のお話などをした。うちの地元の住職は地域から追い出されていなくなっている。そのため、隣の地区の住職にお願いするようにしている。うちは祖母と祖父の頃からずっとお世話になっているので父のことも覚えていてくれて、いくつかお話をした。

斎場に戻り、生花・乾物・果物の発注と金額の確認し、10時30分から入棺をしてもらう。故人を棺に納めていただく際、かるくお湯で流し、散髪してもらい、服などを着せ替えてもらって見た目を整える。これはいくつか追加料金で行ってもらうことだけど、顔がとてもきれいになって、訪れた弔問客にも評判がよかった。なるべくよい状態で故人を見送るという意図で追加料金を支払ってやった方がよいと私は思った。

1時間ほどで入棺も済み、13時に成年後見人の弁護士さんが来られた。通夜は参加できないものの、今後の手続きのために死亡届のコピーを手渡す。死亡届を提出すると、故人の名義の銀行口座は凍結して一切の入出金が出来なくなるらしい。私が訃報を聞いてすぐに弁護士さんにメールで一報を入れていたのが功を奏して、弁護士さんはすぐに裁判所の確認をとって、緊急で200万円を父の口座から出金しておいてくれた。このお金を使って葬儀にかかる必要の支払いができる。これをしていないと、一旦身内ですべて支払うしかなくなる。父の口座が凍結されると、相続しない限り出金出来なくなくなっていた。なるべく相続前に父のお金を減らすことは節税につながるので大きな違いになる。ちょっとした tips のようなもので銀行員は口座を凍結するので名義人が亡くなったことを知ることができる。父は銀行員だったので、連絡していないにも関わらず、通夜に勤め先だった銀行から生花が届いていた。その後、相続の話と 任意後見制度 の話を伺う。

弁護士さんとの話が終わり、斎場のスタッフと家に戻って遺骨を安置する祭壇を作ってもらい、今朝に住職から借りた祭壇の仏具も設置してもらう。なぜお寺から仏具を借りないといけないかというと、宗派が異なると祭壇の作り方は異なるため、宗派ごとの専用の仏具でないといけないらしい。大雑把にいえば、ISO で標準化されていないので祭壇に対して宗派独自拡張を追加するみたいな話だと理解した。飾りが終わったら後でお寺に返す。祭壇の設置前、同時に 神棚封じ もしていただいた。

斎場に戻り、早めに来られた親戚に挨拶しつつ、提灯を選択してもらう。これも親族ではなく、親戚が選択して告別式に飾られる。ややこしいのがグレードとオプションがあって価格差もあって、親戚の思いもあるので、一概に親族で決められず、親戚間の調整をしてもらう必要がある。支払いも親戚になるため、割り勘にするにしろ、ある親戚が購入するにしろ、調整が必要になる。

17時になって通夜が開始された。住職がお経を読んでいる間に焼香を順番にしていく。私は喪主なので一番最初に行い、焼香台の横で立って弔問客の焼香を見守る。他人の焼香を間近でみる機会がこれまでなかった。焼香を眺めていると、人それぞれ焼香のやり方がバラバラで様々なスタイルがある。途中から焼香スタイルの観察にわりと関心をもってみていた。

お経が終わり、住職の法話を聞く。

人は2度死ぬ。1度目は亡くなったとき。2度目は人々の記憶からなくなったとき。

素晴らしい法話であった。この話しは過去に聞いた記憶があるなぁとか、既視感かもしれないが、思い返していた。

最後に喪主の挨拶。通夜の挨拶は簡単でよいとのことで御礼と明日の告別式の案内で締めた。通夜はそれで終わり、弔問客によってはお膳を持って帰る人、その場で一緒に食べて帰る人、いろいろな事情でこれも様々。弔問客に小学校の同級生がいた。市役所で働いているので死亡届から訃報を知ったのでわざわざ来てくれた。感謝。私が逆の立場だったら数年会ってもいない小学校の同級生の父の通夜に弔問するだろうかと考えさせられた。私自身あまり社会性のない人間なのでそういうところをできる範囲で正していった方がよいのかもしれない。

その後、残った親戚と一緒にお膳を食べて控え室でゆっくり過ごしていた。そういった親族も21時頃で全員帰った。私はそれから記録を整理して、明日の告別式に備える。明日は告別式と初七日の2つの葬儀がある

訃報

0時前に母から父が亡くなったという連絡があった。たまたまオフィスで作業をしていて電話を受け取った。以前 母の入院の連絡 をもらったときも日曜日の夜にオフィスで作業をしていたときだった。2回続いたので日曜日の夜のオフィスで受ける連絡は悪い知らせというジンクスができた。

話を聞く分には、看護師さんが20時に見回りしたときはとくに異変なく、23時に見回りしたときはすでに呼吸もなく、蘇生措置をとる暇もなかったとのこと。その後、母が病院へ移動して死亡確認し0時34分が死亡日時となった。私は6時35分始発の高速バスで帰ることにした。2時から4時の2時間ほど寝て準備して帰る。平日の始発で下りのバスに乗ることがなかったので知らなかったが、高速舞子のバス停で淡路島へ行くために乗車する人たちが30人ほどいて驚いた。平日なのでおそらく本州側から淡路島へ通勤している人たちもいるんだということがわかった。

その後、斎場に着いてからスタッフの方々と通夜と告別式の段取りを組む。私はこれまでにこういったことの経験がないので言葉も段取りもわからなくて今回は学びの機会となる。いうても、いまは斎場で行うのが定着したため、家で行うよりはずっと負担が少ない。またコロナによって家族葬を行う本音としても建前としても適正な理由ができた。うちも家族葬で行うので親戚や隣保の関係者がかなり減る分の調整コストを下げられた。

そして、私はそのまま葬儀場の控室で2泊3日で過ごすことにした。わりと部屋は暖かくてトイレも近くてキレイなのでお風呂のないホテル暮らしのような感覚で快適ではある。本当は今日に、通夜をするのがよいのではないかと段取りを始めたのだけど、いくつか調整がつかず、翌日に伸ばすことにした。逆にその分、今日は打ち合わせだけのお仕事ができて、それはそれでうまくはまったピースもあった。死亡届けを市役所へ提出し (これだけで待ち時間を入れて2時間半かかった) 、火葬場の許可証を入手し、喪服を購入し、母の通院など、余裕をもってタスクを消化できた。夕方に斎場へ戻ってきてそのまま守りの役目についた。もともとあまり眠れないので座布団とこたつで寝ててもとくになんの問題もなかった。

日本酒を嗜む

22時から寝て2時に起きて5時に起きて7時に起きた。久しぶりに吐き気もなくよく眠れた。

雑多な整理

本当はやりかけて途中の svelte 入門をしようとオフィスに来たものの、課題管理システムの整理や週明け2日間のお仕事の準備などをやっていた。あと毎年そうなんだけど、うちの会社は交際費として年間で30万円の予算を計上している。現時点で7万円しか使っていない。放っておくと私は交際費を使わない。交際費を使わないというのは情報収集を疎かにしていると同義である。これから3ヶ月かけて交際費を使いつつオンラインで雑談してくれる人を探していく。この調整作業そのものにも時間と意識をとられる。人とやり取りして予定を調整する作業だけは効率化できない。過去に話したことのある人が徐々に増えていくと、また毎年のアレやりましょうと言えるのでコミュニケーションコストは下がっていく。一方で新しい人とも話していかないと視野が狭くなっていくのでバランスをとっていく必要がある。

忘年会のお酒選び

カフーツさんの忘年会 へ参加するときにもっていく飲みものを探してきた。ビールは用意してあるということなので灘五郷の日本酒をもっていくことにした。以前 灘五郷酒所 へ行ったときに飲んだ琥泉というお酒がおいしかったからそれを購入しようと調べていたら、同じ 泉酒造 では仙介という有名なお酒もある。実は2019年に近所の公園で灘の酒フェスティバルをやっていてそのときに仙介を飲んでおいしかったと記憶に残っていた。仙介は山田錦を100%使っていて琥泉が国産米となっていてこの素材の差が主な価格差 (720mlで2,050円と1,500円) になっていると推測される。イベントにもっていくならブランディング的に上等な方がよいかなと考えて仙介を忘年会に、琥泉を実家へもって帰ることにした。それぞれ次のお酒を購入した。どちらも生酒を選んだ。

おりがらみ とは、にごり酒の一種とみなすこともできるそうで「おり」と呼ばれる、米のかけらや酵母などの細かな固形物を少し残した日本酒を言うらしい。それによる風味の違いを楽しむといったものにみえる。たまたま灘五郷酒所で飲んだのがおりがらみだったので同じものを選択してみた。

初夏に 開発合宿 (ワーケーション) へ行く前のレンタカー運転リハーサル白鶴酒造資料館 へ行ったときにお土産に Hakutsuru Blanc を購入した。そのときにいくらか飲んでその後ずっと冷蔵庫に残っていたお酒を飲み終えた。灘五郷を学ぶよい機会だと思うのでこれから飲んだ灘五郷の酒造のお酒を課題管理してそれぞれの特徴や所感を溜めていこうと思う。

エピック名は BE KOBE にした。なんかうまくはまった。

50歳の壁に備えて

昨日は寒さに耐えかねて今冬で初めて暖房を入れて寝た。お腹を冷やさなかったので効果はあったように思う。寒過ぎる。22時頃から寝て2時に起きて5時ぐらいまでだらだらして7時に起きた。最近気になるのは寝ていたら吐き気がして苦しむ日が多い。朝と昼は平気なのに眠るのが大変。

ストレッチ

今日の開脚幅は開始前153cmで、ストレッチ後156cmだった。やはり先週とほぼ変わらず。急に寒くなって体調を落としているのもある。筋肉の状態も右太もも周りの張りや違和感と右腰の張りが依然として強い。よい・わるいで言ったら明らかに状態はわるい。今週はそんなにハードには働いていないし早く帰って休む時間も多めに取ろうと努めたものの、夜に吐き気で眠れないという苦しみがそのまま筋肉に表れているのではないかとすら思えてくる。それぐらい眠れない。歳とるとそんなもんなのかなぁ。

フリーランス、40歳の壁

はらさんがお勧めしていたので フリーランス、40歳の壁 を読み始めた。「序章 フリーランスは自由という名の業である。」を読んだ。

本書で取り扱う「自由業」は、著述作家業を中心とした「表現業者」のことです。

プログラマーは「モノ作り」よりも「モノ書き」に近いという言葉もあるように、大きな枠組みでは表現と呼べるかもしれないけど、どうやら本書の著者はフリーライターという職業らしい。

自由業者には2種類あると思います。 自由業に「なる」人と、「ならざるを得ない」人 です。

前者は会社員をやりながら余暇で作品を創り、十分な経験を積んでフリーになる人。後者は、さしたる経験も実績もなくフリーに「なってしまう」人。

序章を読み始めた冒頭では私は自由業にならざるを得ない方の人かなと思って読み進めていた。しかし、序章全体を読み終えると、普通の会社勤めの働き方にあわせられない人を「ならざるを得ない」人と表現しているようにみえる。そこまでのアンマッチはないという視点から言うと、私は前者になってしまう。けれども、なにか引っ掛かっているところもある。40歳のとき働いていた会社で早期退職制度が設けられ、私も50歳になったらそれで辞めてくださいと言われる未来がリアルにみえた。周りに疎まれながら会社にしがみついて養ってもらうといった生き方は私には向いていない気がする。それはプライドがどうこうではなく、私にとってそんな人生を楽しめるようには思えなかった。だから私は辞めるしかなかったし、自分で仕事を創っていくしかないと決めた。もちろん社会人として20年ほど働いた実績はあったけれど、会社経営の経験はなかったし、会社をやっていく展望も準備もなにもなかった。まさに無計画にいきなりフリーにならざるを得なかったという表現が腑に落ちた。

私は、なんとなくなれてしまう自由業者は気楽な仕事、と言いたいのではありません。その反対で、こういう人は年とともに「壁」にぶつかる率が高いと言いたいのです。30歳・40歳・50歳の節目ごとに壁は襲ってきます。10年経るごとに、壁は大きく、厚くなります。それでも人間は生きていかねばなりません。

50歳という節目に私はどんなお仕事をしているのか、現時点ではまったく想像がつかない。一方で著者は自由業にならざるを得なかった人には大きな壁があると説いている。はらさんと話していても50代は単価を下げられるという話しはよく聞く。今後の働き方への戒めとして読んでおくのもよさそうに思える。

svelte のチュートリアルで学ぶ

22時頃から寝てたものの、また2時頃に吐き気で苦しんで何度か起きて7時過ぎに起きた。なかなか体調が悪い。

隔週の雑談

顧問のはらさんと隔週の打ち合わせ。今週はてんやわんやで議題を整理する余裕すらなかったので近況を軽く共有した。

課題管理を it 業界や開発プロジェクトだけでなく、もっと様々な分野や業界で応用できるようにしたい。最初は私がノウハウをもっている業界や業務のみに特化したものになるだろうけど、いずれはスコープを拡げていきたい。その先に 地域おこし協力隊 のようなところにいって社会貢献ができればおもしろいのではないかといった話しをした。地域おこし協力隊の内容はおもしろそうだけど、1人あたりの経費の上限が480万円に設定されていて、ググって調べると余裕のない自治体では満額支給されていないケースもあるみたい。行政がやらないといけない業務をアウトソーシングする予算が低過ぎて、適切な実績やスキルをもった人が経済的に参加しにくい状況にある。採用の目利きができないから単価を低くして失敗を許容しやすくなっているようにもみえる。行政の予算が低い問題は専門家が入って採用も含めて改善していく必要がある。

svelte 入門

昨日の続きで svelte のチュートリアル を始めた。このチュートリアルはファイル操作とオンラインエディタもついていて、ソースコードを変更するとすぐビルドされて結果も確認できる。フロントエンドのチュートリアル自体がフロントエンド技術のデモになっている。よく作られているよなと感心しながら取り組んでいる。svelte でスクリプトを書くときの、マジックコード的な変な構文がある。simple is not easy の文脈で言うところの easy であり、私のような simple 派からみるとやや気持ち悪い。わりと分量があるので途中にコードレビューや勉強会の講師をやっていたら1日では終わらなかった。

let count = 0;
$: doubled = count * 2;
<script>
  export let answer;
</script>

next.js のチュートリアルで学ぶ

2時に寝て5時に起きて7時半に起きた。疲れてからわりと眠れた方かも。いまの働き方だと木曜日がもっともストレスの低い日になっている。定例会議がない。今週やらないといけないお仕事も次の金曜日があることでまだ時間があるから安心みたいな話し。

next.js 入門

next.js のチュートリアル を一通りやってみた。2年ほど前にちょっとだけ next.js で開発していたプロジェクトのソースを読んだことがあったので雰囲気は少し覚えていた。チュートリアルは react のことを何もわからなくても next.js の機能や特徴を理解できるような構成になっていて感心した。チュートリアルから学んだことはこれら。関連ドキュメントを読みながらでも1日もあれば終わると思う。

  • コードは分割されてコンパイルや pre-fetch が行われる
  • Image コンポーネントを使えば画像の最適化を自動で行う
  • CSS Modules を使えばコンポーネントレベルのスタイルを定義できる
  • ページ単位に pre-rendering できる
    • 静的生成 (ssg)
    • サーバーサイドレンダリング (ssr)
  • pre-rendering が不要ならクライアントサイドレンダリングすればよい (csr)
  • 動的ルーティングや bff のための api エンドポイントは動的に振る舞う
  • デプロイは基本的に node.js を必要とする

課題管理の話題で発散

0時に寝て何度か起きて7時に起きた。だいぶ眠れるようになってきた。

コワーキングのオンラインイベント

月例のカフーツさんのオンラインイベントに参加した。先月の所感はここ 。来年やりたいことというテーマだった。来年の抱負というほど堅苦しいわけではないが、それぞれの参加者別にやりたいことをわーっと話すようなイベントだった。私は課題管理について軽く話し始めたらいとうさんが深堀りしてくれて、参加者からも共感を得られてそれなりに盛り上がった。自分が参加したイベントの録画を見返すことを私は滅多にしないのだけど、今回は話した内容を整理するために見返した。

課題管理という分野の体系化、ならびにプラクティスの整備をしたい

ざっくり話した内容はこんな感じ。

  • 課題管理を追求していくにはメンバーに強制・指示できるだけの権限が必要となる

    • ボトムアップで課題管理を実践するのは難しい
    • 課題管理の実践のために人の運用を変えないといけない場面が出てくる
  • 私は it 業界のプロダクト開発における課題管理のノウハウしかない

    • 複数の組織・チームで働く過程で課題管理ができていない、または課題管理システムを使いこなせていない開発者やチームがたくさんあることを知ったのが背景になる
  • 本質的には、課題管理自体は業界・業種を問わない分野だと思うので広く応用できるプラクティスとして体系化したい

  • 課題管理とは、ハウツー本を読んだり、ツールを導入すれば解決する類のものではない

    • それぞれの目的のためにメンバーが日々の業務において運用していく必要がある
    • メンバー全員が運用しなかったら効果もその度合いに応じて減っていく
      • 権限が必要というのは、やらない人に対してある程度はやってもらう必要があるから
  • 課題管理をうまくやろうとすると、組織論や組織の文化、マネジメントの分野とも密接に紐づく

  • 課題管理と密接な分野の1つに情報共有がある

    • 情報の一元管理は組織において重要なのに疎かになっている組織やチームは多い
      • 一元管理できると情報共有のためのコミュニケーションコストを削減できる
      • このためには組織レベルで使うツールや情報共有のやり方を統一しないといけない
        • 自分の好きなツールを使って自由に情報共有するといったものをいくらか制限する必要がある
  • 課題管理において重要なことの1つに文章を書けない人たちが一定数いることを受け入れないといけない

    • 情報共有の文脈で言えば、テキスト化は検索できるという大きなメリットをもたらす
    • 一定数の文章を書けない人たちをどう対応するかは難しい課題の1つ
      • 文章を書くための練習をすればよいのではないか
        • 新人やキャリアの浅いメンバーには有効となる
      • 文章を書かなくても情報共有できる手段と組み合わせるとよいのではないか
        • it 業界ではスクラム開発という開発方法論が流行っている
          • 大雑把に言えば、対話を重視して会議をたくさん設けることで情報共有を密にする開発方法論と言える
            • 文章を書けない人であっても話せない人はほぼいない
            • 対話を促されれば話すことで情報共有できる
          • デメリットとしてはコミュニケーションコストがとても高い
            • このコミュニケーションコストは開発における生産性とトレードオフになる
  • 課題管理において重要なことのもう1つに文章を読めない人たちも一定数いる

    • 日本人の1/3は日本語が読めない?PIAAC (国際成人力調査) の調査結果
    • 文章を書いてメンバーに読んでおいてと伝えても1/3は理解できていない可能性を示唆している
      • 情報共有において文章を書いても伝わっていない可能性を考慮して対策する必要がある
  • 仮に情報共有できていない状態でメンバー「わからない」と言えることはすごく重要になる

    • この文脈で心理的安全性が重要になる
    • 「わからない」と声をあげてくれることで文章や伝え方を改善していける可能性がある
  • 実は一昔前と比べて、いまの方がメンバー間の情報共有を疎遠にしている背景がある

    • いまは情報共有にクラウドサービスを使う組織が増えている
      • 基本的にクラウドサービスはユーザー単位/従量制で課金される
        • あまりサービスを使わないユーザーアカウントを減らすことでコストダウンできるインセンティブが働く
          • 情報共有という視点からコストダウンしてはいけないコストを削ってしまっている
            • 例) 課題管理システムのアカウントは開発者しかもっていないとか
      • 中小規模の会社ほどクラウドサービスを多用するのでこの傾向がある
    • 昔はオンプレで社内システムを管理していたため、システムのユーザーを減らすインセンティブはなかった
      • 要否に関わらず、社員は全員アカウントをもっていることが当たり前だった
    • 念のため、クラウドサービスのアカウントをメンバー全員がもつことは目的ではない
      • アカウントをもった上でそのメンバーがそのサービスを使うように運用を変えていく必要がある
      • システム投資とメンバーの運用を変える取り組みがセットでないとうまくいかない
  • コワーキングスペースは課題が持ち込まれるところではある

    • 課題管理のプラクティスが応用できるなら使いたい
    • 課題をどう整理して、優先順位を付け、情報共有していくかは難しい
    • 様々なメンバー、様々なツール、様々な課題を同じツールで一元管理することは非常に難しい
      • どうやって情報の一元管理をするかはコワーキングスペースの運営において難しい課題でもある
        • 複数のサービスを連携するサービスなどを使って一元管理する方法もある
      • 海外ではコワーキングスペース向けの sns も含めたプラットフォームサービスなども出始めている
        • 日本ではまだまだあまりシステム化されておらず、導入もされていないのではないか
  • コワーキングの分野では女性がとても活躍しているように、いとうさんから見えている

    • 今後もこの分野を盛り上げていくのは女性ではないか?
      • 男性は変なプライドが邪魔して行動力を抑制してしまうところがあるのではないか
      • 女性は損得勘定から行動力を発揮しているのではないか
        • 男性の方が感情的な動機でコワーキングをしているようにみえる?
  • コワーキングに課題管理の理論やシステム化はあってよいのではないかと、いとうさんはみている